2011年02月28日

〔原子力発電メモ〕東京電力と三菱重工の歴史的なつながり

フジヤマ・ガイチ
http://twitter.com/#!/gaitifujiyama/statuses/41901103666692096
まぁ正直に言えば、今になって民主党政権が原発に対していけいけゴーゴーなのを驚かれても困ってしまう部分はあるんですけどね。だって元々埋めこまれているんだから。別に陰謀論でも何でもなくて、戦後の日本政治史を『普通』に見ていけば誰にでも分かる話で、非常に分かりやすい話です


フジヤマ・ガイチ
http://twitter.com/#!/gaitifujiyama/statuses/41902088174702592
日本の電力会社の地域独占体制と原子力産業の秘密主義の源泉はどこから来るのか。それは松永安左衛門に尽きる。彼が戦後電力事業再編成審議会の会長に就任するや GHQと絡みながら戦争中に形成された9の配電会社をそのまま受け継ぎ電力会社を組織。松永は自らがこれら電力9社の首脳人事を決定した


フジヤマ・ガイチ
http://twitter.com/#!/gaitifujiyama/statuses/41902451544178688
三菱の岩崎弥太郎の姪が三菱財閥の番頭だった荘田泰蔵の母。泰蔵の息子である泰哉が動燃理事となり高速増殖炉もんじゅの開発を先導する。六ヶ所村で三菱重工が主幹事会社となり建設してきたのが核燃料サイクル基地。高速増殖炉もんじゅも三菱重工が主幹製造会社だ


フジヤマ・ガイチ
http://twitter.com/#!/gaitifujiyama/statuses/41902733787279360
では三菱と松永はどのように結びついたか。それをたどる。まず松永の肝入りで作られた日本原子力会議の会長に東電会長の菅礼之助が就く。その後三菱鉱業にいた高橋幸三郎を理事長に迎えた原子燃料公社を設立、それが動燃と改組され井上五郎が理事長となる。井上は岩崎家の近親者であり松永の腹心だった


フジヤマ・ガイチ
http://twitter.com/#!/gaitifujiyama/statuses/41902822874288128
日本原子力会議会長の菅禮之助はそれ以前に日満鉱業の会長でもあったのだがその時知り合ったのが児玉誉士夫。児玉は高橋幸三郎とも通じていた。児玉のバックアップもあり鳩山一郎が第一次内閣を組閣したのがこの時期。鳩山一郎内閣が三菱・東電の意向を積極的に推進したのにはこうした背景がある


フジヤマ・ガイチ
http://twitter.com/#!/gaitifujiyama/statuses/41903542017077248
と、広瀬隆の著書を引用しながらだらだらと東電と三菱の歴史をツイートしたが、さっき「元々埋め込まれている」と書いた理由の一端はここにある。そして言うまでもなく今の民主党には民社党の血が脈々と流れているわけで現政権が何故原発を推進するか、よく分かってもらえるんじゃないかなと


フジヤマ・ガイチ
http://twitter.com/#!/gaitifujiyama/statuses/41904097632333824
金の流れと人脈を辿れば、そこから必ず何かが見える。いつも自分に言い聞かせております


posted by はなゆー at 11:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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