2007年03月10日

〔史料〕日本軍と「慰安所」の関係についての岡村寧次陸軍大将の証言

慰安婦問題を考える。昔の戦役時代には慰安婦などは無かったものである。斯く申す私は恥かしながら慰安婦案の創設者である。昭和七年の上海事変のとき二、三の強姦罪が発生したので、派遣軍参謀副長であった私は、同地海軍に倣い、長崎県知事に要請して慰安婦団を招き、その後全く強姦罪が止んだので喜んだものである。

現在の各兵団は、殆んどみな慰安婦団を随行し、兵站の一分隊となっている有様である。第六師団の如きは慰安婦団を同行しながら、強姦罪は跡を絶たない有様である。

(「岡村寧次大将資料」(上) P302〜P303)


・・・将来是等ノ募集等ニ当リテハ派遣軍ニ於テ統制シ之ニ任スル人物ノ選定ヲ周到適切ニシ其実施ニ当リテハ関係地方ノ憲兵及警察当局トノ連繋ヲ密ニシ、以テ軍ノ威信保持上並ニ社会問題上遺漏ナキ様配慮
相成度依命通牒ス

陸支密第745号「軍慰安所従業婦等募集に関する件」昭和拾参年参月四日

「軍当局ハ軍人ノ性慾ハ抑ヘル事ハ不可能ダトシテ支那婦人ヲ強姦セヌ様ニト慰安所ヲ設ケタ、然シ強姦ハ甚ダ旺ンニ行ハレテ支那良民ハ日本軍人ヲ見レバ必ズ是ヲ怖レタ」

「戦場ニ於ケル特殊現象ト其対策」(1939年6月)

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☆フリー百科事典ウィキペディア「岡村寧次」の項→

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E6%9D%91%E5%AF%A7%E6%AC%A1

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http://www.geocities.jp/yu77799/okamura.html

(二) 慰安婦問題を考える。昔の戦役時代には慰安婦などは無かったものである。斯く申す私は恥かしながら慰安婦案の創設者である。昭和七年の上海事変のとき二、三の強姦罪が発生したので、派遣軍参謀副長であった私は、同地海軍に倣い、長崎県知事に要請して慰安婦団を招き、その後全く強姦罪が止んだので喜んだものである。

 現在の各兵団は、殆んどみな慰安婦団を随行し、兵站の一分隊となっている有様である。第六師団の如きは慰安婦団を同行しながら、強姦罪は跡を絶たない有様である。

 嘗て聞いたところによれば、北京附近の中国古老は、団匪事変のとき、欧米各国兵が掠奪強姦の限りを尽くしたのに、ただ独り日本兵のみが、軍、風紀森厳にして寸毫も冒すことなかったことを回想し、どうして今の日本兵がかくも変わったのかと痛嘆したという。

 全く昔と今とどうしてかくも変わったのか。


(三) 憲兵報告の一節。蚌埠在住の中国人に嫁した日本中年女性は言う。中国兵は、掠奪するが強姦はしない。日本兵は、掠奪しないが強姦をする。可否何れにかあらん。頼みとするのはただ天主教会の神父のみと。

 刑罰種目中最も多いのは上官暴行と強姦である。そうして犯人の年齢別を見るに最多数は三十三歳である。

(「岡村寧次大将資料」(上) P302〜P303)

posted by はなゆー at 14:41| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 史料倉庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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