☆「軍が強制」に検定意見 高校教科書、発展は増加 (共同通信)
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/main/20070330/20070330_015.shtml
http://www.asyura2.com/07/senkyo32/msg/760.html
沖縄戦の集団自決は、昨年の検定まで軍の強制を明記した教科書もすべて合格していた。
しかし文科省は今回から方針を転換。「日本軍は(中略)くばった手りゅう弾で集団自害と殺しあいをさせ」と記述した教科書には「沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現」と検定意見で修正を求めた。
☆日本軍「強制」は修正=沖縄戦の集団自決−高校教科書の検定結果・文科省 (時事通信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070330-00000121-jij-soci
http://www.asyura2.com/07/senkyo32/msg/759.html
日本史で、太平洋戦争末期の沖縄戦の際、日本軍による強制で住民が集団自決したとする記述すべてに検定意見が付き、各教科書会社は「日本軍により」という部分を削ったり、「自決した住民もいた」という表現などに修正したりした。
(略)
沖縄戦の集団自決を扱ったのは6社8点。うち5社7点に「実態について誤解するおそれのある表現」と意見が付き、「日本軍に集団自決を強制された人もいた」が「集団自決に追い込まれた人々もいた」(清水書院)などに改められた。
(略)
文科省は「以前から(命令や強制はなかったとする)反対説との間で争いがあり、軍の命令があったと断定するのは不適切で、今回から意見を付けた」と説明している。
☆「歴史曲げずに伝えて」=沖縄の集団自決生き残り男性−教科書検定 (時事通信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070330-00000135-jij-soci
http://www.asyura2.com/07/senkyo32/msg/759.html
「文部科学省には、歴史を曲げるようなことをしてほしくない」。沖縄戦の集団自決で軍の強制があったとする記述に文科省が検定意見を付けたことについて、集団自決の生き残りである中村一男さん(73)=沖縄県座間味村=は30日、こう語った。
座間味島で沖縄戦を体験したのは10歳の時。日本軍から手りゅう弾を渡され「米軍に捕まったら体のあちこちを切り刻んでじわじわ殺される」と聞かされた。「自決しろとはっきり言われたか記憶にないが、暗に自決しろと言っているのと同じだ」と振り返った。別の家族が手りゅう弾で自決するのも見たという。
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《関連データー》
☆「集団自決」忘れない/座間味村、平和学習本発行へ (3月27日の沖縄タイムス)
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200703271300_05.html
http://www.asyura2.com/07/senkyo32/msg/761.html
「『鬼畜米英』教育を受けた私たちには生き残ることこそ恐怖。死が唯一の選択肢だった」。日本軍に強いられた集団死の実相を訴える金城さんに、参加者は何度もうなずきながら聞き入った。
☆米公文書に「軍命」慶良間・集団自決/発生直後の住民証言 (2006年10月3日の沖縄タイムス)
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200610031300_01.html
http://www.asyura2.com/0610/war85/msg/209.html
沖縄戦時下の慶良間諸島の「集団自決」をめぐり、米軍が上陸直後にまとめた資料に、日本兵が住民に「集団自決」を命令したことを示す記録があることがわかった。
関東学院大学の林博史教授が米国立公文書館で発見した。記録は一九四五年四月三日付の「慶良間列島作戦報告」。慶留間島の住民への尋問で「住民らは日本兵が米軍が上陸してきた時は自決せよと命じたと繰り返し語っている」と記述されている。「集団自決」発生直後の記録として、住民への命令状況を伝える貴重な資料。林教授は「自決命令があったことは、既に三月下旬時点で島民たちによって語られていた。戦後創作されたものではない」と指摘。
(略)
記録は、四五年四月三日付の米歩兵第七七師団砲兵隊による「慶良間列島作戦報告」。林教授が八、九月に渡米した際、入手した。
報告では、慶留間の住民を男女別に収容し尋問した内容として「三月二十一日に、日本兵が慶留間の島民に対して山中に隠れ、米軍が上陸してきた時には自決せよと命じたと繰り返し語っている」と記述されている。
また、座間味島については歩兵第七七師団「アイスバーグ作戦 段階1 作戦報告 慶良間列島・慶伊瀬島」で、座間味の「集団自決」の生存者に対し、医療スタッフが治療を施していることを記述。「一部の民間人は艦砲射撃や空襲によって傷ついたものだが、治療した負傷者の多くは自ら傷つけたものである。明らかに、民間人たちはとらわれないために自決するように指導されていた」と記録されている。
林教授は、各島の間で「三月下旬の時点において、慶留間では日本兵が自決せよと命じていること、座間味でも島民たちが自決するように指導されていたことが保護された島民たちの証言で示されている」と解説する。
その上で「日本軍ならびに行政・教育を含めて、島民たちは自決するように命令あるいは指導・誘導されていたことは、この三月下旬時点でも明確であった。米軍は事態を正確に認識していたといえる。自決するように命令あるいは指導されていたことが当時から認識されていたことを裏付ける資料といえる」と指摘している。
☆「集団自決」早期認定/国、当初から実態把握 座間味村資料で判明/「捏造説」根拠覆す (1月15日の沖縄タイムス)
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200701151300_01.html
http://www.asyura2.com/07/war87/msg/950.html
琉球政府に援護課が設置されたのは、五三年。業務開始から早い時期に、援護課は慶良間諸島を単独で調査したという。金城さんは「『集団自決』が軍によって命令されたことや、住民の苦悩などが当時伝わっていた。援護業務開始に当たって、『集団自決』で悲惨な体験をしたこと、最初に地上戦が始まった場所である慶良間諸島を特別に調査した」と説明する。
「調査を行った人々から、われわれにも(軍命があったことを)聞かされた」と振り返る。琉球政府は家族構成、避難状況、死亡状況について聞き取り調査を行っていた。五七年の戦闘協力者の申し立てでは、渡嘉敷村、座間味村ともすぐに申請を行うことが可能だった。事前の調査が元で「早い時期に申請ができた」と言う。
☆沖縄戦『集団自決』消えぬ苦しみ (2005年5月2日の東京新聞)
http://www.asyura2.com/0502/war69/msg/813.html
降り注ぐ砲弾と豪雨。深夜。特攻のための秘密部隊「海上挺進(ていしん)第三戦隊」の陣地に近い島北部の谷間に集められた六百−八百人の島民の中に、当時十六歳の金城重明さんもいた。
「米兵に捕まれば惨殺される。天皇のために死ぬのが大切だと教えられてきた時代でした」
友軍と運命をともにするという死の連帯感が体中に満ちるのを感じた。一週間ほど前、軍が島民に手りゅう弾を配った時、沖縄戦のむごさを象徴する「集団自決」の引き金に、指はかけられていた。
「天皇陛下万歳」。翌朝、村長の三唱を合図に、家族が一緒になって次々と手りゅう弾を爆発させた。不発で死にきれなかった家族はさらに悲惨だった。自らの手で家族に手をかけていったのだ。
金城さんの目前で、へし折った小木を手にした男性が妻子をめった打ちにし始めた。驚きにすくんだが、「これがやるべき死に方なんだ」と悟った。
自分たちを殺してくれるはずの父とは、前夜の逃避行で離れ離れになっていた。二つ年上の兄と二人で、最初に母に手をかけた。泣き叫びながら、石を持った両手を打ち下ろす。母も泣いた。気が付くと声が聞こえなくなり、母の体は動かなくなっていた。次に九歳の妹と、六歳の弟の命を絶った。どうやって手にかけたのか記憶はない。
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