2008年06月05日

日本のメディアがいまだに伝えない北朝鮮と小泉前首相の因縁

☆「小泉首相の父親、在日朝鮮人の北朝鮮送還事業を主導」 (2005年10月20日の韓国紙「朝鮮日報」)

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/10/20/20051020000042.html

http://asyura2.com/0510/senkyo15/msg/922.html

日本の小泉純一郎首相の父親で自民党所属の国会議員だった小泉純也氏(1969年死去)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B3%89%E7%B4%94%E4%B9%9F

が1950年代末、在日朝鮮人の北朝鮮送還事業に中心的な役割を果たしていたことがわかった。

(略)

小泉首相の父である純也氏は当時、自民党の国会議員でありながら「在日朝鮮人の帰国協力会」の代表委員に就任し、在日朝鮮人の北朝鮮送還のため積極的に活動したことが確認された。

(略)

また歳川さんは、小泉首相の父親である純也氏が、1930年代に朝鮮総督府で事務官として働いたこともあったと述べた。純也氏は、総督府に勤務していた当時、小泉又次郎

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B3%89%E5%8F%88%E6%AC%A1%E9%83%8E

郵政長官と知り合いになり、その後小泉逓信(郵政)大臣の娘婿になって選挙区まで受け継いだ。


《おまけ》

韓国紙「朝鮮日報」2003年6月24日

http://asyura2.com/0510/asia3/msg/473.html

韓国初の女性パイロット 朴敬元(パク・ギョンウォン)が1901年6月24日に生まれた。操縦士として日本に知られたのは、1927年1月の「3等操縦士試験」に合格してからだった。

当時の東京・朝日新聞は「朝鮮出身の女性飛行士1号誕生」という見出しの記事を掲載し、彼女の存在を伝えた。

故国の空を飛びたかった朴敬元にチャンスが訪れたのは1933年。ソウル軽油で中国・長春まで「日・満親善、皇軍慰安」のための長距離飛行が許されたのだ。

操縦する飛行機がない彼女に救援の手をさし伸ばした人は、小泉純一郎・日本首相の祖父である小泉又二郎・逓信相だった。以降、2人は神社参拝に同行するなど会うことは頻繁になり、2人のスキャンダルが日本新聞に取り上げられたりもした。

1933年8月7日午前、朴敬元が2000キロの飛行のため、故国に向かう「青燕号」を操縦して羽田空港を離陸した。

しかし、離陸から50分で彼女の“愛機”は箱根の中腹に墜落してしまった。青燕号の胴体は真っ二つになり、朴敬元はハンドルを握ったまま死亡した。

posted by はなゆー at 05:30| ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | キャスターメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
人生いろいろ親父もいろいろ
Posted by ike at 2008年06月05日 15:05
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