Helen Caldicott。オーストラリアの医者(小児科医)。
https://twitter.com/#!/DrHCaldicott☆オーストラリアからの手紙と、ヘレン・カルディコットNYT紙寄稿和訳:「安全な被曝量というものはない」 Unsafe at Any Dose: An Op-Ed in NYT by Helen Caldicott (Japanese Translation)
(翻訳 椎根智子・乗松聡子 協力 松崎道幸)
http://peacephilosophy.blogspot.com/2011/06/unsafe-at-any-dose-op-ed-in-nyt-by.html6週間前、日本の福島第一原子力発電所での原子炉損傷を初めて耳にした時、私にはすでに「その後」がわかっていた。格納容器や燃料プールのいずれかが爆発するようなことがあれば、北半球で何百万といった規模でガンが増えるであろうということだ。
原子力発電推進派の多くが、このことを否定するであろう。先週(4月末)、チェルノブイリ原発事故25周年を迎えたが、チェルノブイリ事故の影響で死亡した人はほとんどなく、被害者の二世にも遺伝的異常は比較的少なかったと主張する人は少なくなかった。このような主張は、石炭などと比べいかに原子力が安全か、という議論への安易な飛躍を招いてしまうし、福島近辺に住む人びとの健康への影響は大したことはないだろうという楽観的な予測にもつながるおそれがある。
しかし、このような見方は、間違った情報に基づいており、短絡的である。原発事故の健康被害について、一番よく知っているのは私たち医者である。チェルノブイリによる死亡者数については、これまで激しく論争がなされてきた。国際原子力機構(IAEA)は、ガンによる死亡者数をおおよそ4000人程度と予測したが、2009年にニューヨーク科学アカデミーより出版された報告書では、百万人に近い人びとが、ガンやその他の病気で既に死亡していると報告している。また、高い被曝線量が多くの流産を引き起こしたので、実際遺伝子に損傷を受けた胎児でどれだけの数が生まれ出ることができなかったのか、私たちは知るよしもない(ちなみにベラルーシとウクライナの両国には、奇形で産まれて来た子供たちで一杯のグループホームがある)。
原子力事故には、終わりというものがない。チェルノブイリの放射性物質の影響の全容が明らかになるまで、これから何十年も、場合によっては何世代もかかるのである。
ヒロシマ•ナガサキの経験からわかるように、ガンにかかるのには長い年月を要する。白血病になるのは5年から10年ほどであるが、固形ガンでは15年から60年を要する。さらに、放射線による突然変異のほとんどは劣性である。わたしの専門である嚢胞性繊維症などの特定の病気をもつ子供ができるのは、何世代もかけて、二つの劣性遺伝子がそろうからである。チェルノブイリとフクシマから放出した様々な放射性物質同位体が原因で、遠い未来に渡り、一体どれくらいのガンや他の病気が引き起こされるか、わたしたちには到底想像はつかない。
医者はこのような危険性をわかっている。医者である私たちは、白血病で死にかかっている子どもの命を救おうと必死になる。乳ガンの転移で死にゆく女性の命を何とか救おうとがんばる。しかし医学的見解では、不治の病に関して唯一頼りになるのは予防なのである。故に、核産業に属する物理学者たちに真っ正面から立ち向かうことができるのは、われわれ医者なのだ。
核産業に関係する物理学者たちは、もっともらしく放射線の「許容線量」について話す。彼らは一律に体内の放射性物質を無視する。内部被ばくというのは、原子力発電所、あるいは核兵器実験によって出された放射性物質が身体の中に摂取された、あるいは吸い込まれることを言い、少量の細胞に対し非常に高い線量を与える。原子力産業の物理学者たちは、原発、医療用のX線、宇宙や大地からの自然放射線といった、一般的には内部被ばくよりも害の少ない、外部被ばくの原因となる同位体のことばかり話すのである。
しかしながら、医者は、放射線の線量に安全なレベルなどないことを、そして放射線の線量は累積するということを知っている。その放射線によって変異が起きた細胞は、概して有害である。私たちは皆、何百種類もの病気の遺伝子を持っている。嚢胞性繊維症、糖尿病、フェニルケトン尿症、筋ジストロフィーなどである。今現在記録されている遺伝病の数は2600を越え、そのうちのいずれも、放射線による変異によって引き起こされる可能性があるのであり、実際にこれらの病気は、人為的に引き上げられてきているバックグラウンドの放射線レベルと共に増加するだろう。
これまで長い間、核産業に雇われた物理学者たちは、少なくとも政治力とマスメディアの世界において、医者をしのいできた。1940年代のマンハッタン計画から、物理学者たちは米国議会へ、いともたやすく出入りしてきた。彼らは核エネルギーを利用するのに成功し、そして核兵器や原子力発電推進のロビー活動においては、核エネルギーと同様の力を発揮した。物理学者たちは米国議会に入り込み、議会は事実上彼らに屈服した。彼らの技術的進歩は誰もが認めるところだが、その弊害は、何十年も後になってから明らかになる。
それに比べ医者は、議会からほとんどお誘いも受けず、核問題に関してほとんど情報のアクセスや助言の機会がない。私たち医者は、通常はガンの潜伏期間や放射線生物学の目覚ましい進歩について触れ回ったりはしない。しかしその結果、私たちは、政策立案者や一般市民に対し、放射線の長期的危険性や害においての説明を十分にしないでここまで来てしまった。
医者はガン患者が来ても、例えば1980年代にスリーマイル島の風下に住んでいませんでしたか、とか、スリーマイル島近くの牧草地で草を食んでいた牛のミルクを使ったハーシーズ社のチョコレートを食べましたか、などとは失礼になるので聞けない。私たちは、初めから大災害を止めようと戦うよりも、起きてしまった後に処理しようとするが、それではいけない。医者は核産業に立ち向かわなければならない。
原子力はクリーンでもなく、持続的でもなく、また化石燃料の代替となるものでもない。それどころか、原子力は実質上地球温暖化を悪化させるものである。太陽光、風力、地熱利用と、節約を組み合わせることにより、私たちのエネルギー需要は満たされる。
当初は、放射線がガンを引き起こすなど全く思いも寄らなかった。マリー•キュリー夫人とその娘は、自分たちが扱った放射性物質によって死ぬことになるとは思っていなかった。しかし、マンハッタン計画の初期の原子力物理学者たちが放射性元素の有毒性を認識するまでに、長い年月はかからなかった。私は、彼らの多くと知り合いである。彼らは、ヒロシマ•ナガサキにおける自分たちの罪が、核エネルギーの平和利用によって赦免されることを願っていたが、実際にはその罪はより重くなるだけであった。
物理学者の知識によって核の時代は始まった。医者の知識と、威信と、正当性をもてば、核の時代を終わらせることができる。