2009年06月29日

〔衆院選〕麻生首相が病死すれば「弔い合戦」で自民党圧勝

「首相動静を見ていると分かるが、食事はやたらと、中華とすしが多いのである。」

「48年ぶりの現職総理の死去という想定外の事態は状況を一変させた。自民党の主流派と反主流派は『弔い合戦』を大義名分に挙党態勢に向かい、有権者の多くも同情票を自民党候補に投じた結果、自民党は衆参両院で安定多数を大きく上回る議席を得て大勝した。」

「4月1日午前10時ごろ、小渕首相の後を引き継いだ森喜朗の派閥の事務局長が急死している。様々な事情を知る事務局長が急死した夜、小渕首相が脳梗塞で倒れたのは、ただの偶然だろうか?」




☆麻生の映像を見て唖然!すぐに休養をとったほうが良いのでは (文系ネットワーク屋のぼやき)

http://harepanda.blog.so-net.ne.jp/2009-06-29

http://www.asyura2.com/09/senkyo66/msg/497.html

まず、この31日間の麻生の総労働時間は348.5時間である。31日で、1日しかまともに土日の休みを取っていないのだ。

激務で知られる産科医ですら、大学病院での調査の結果、月間労働時間は312時間。過労死認定基準の「1ヶ月に100時間以上の残業」を麻生は軽く超えている。まして、若手の産科医がばたばた倒れている中、前期高齢者の阿呆太郎が、自分のスポーツマンの体に過信するのは禁物であろう。都議会議員選挙の応援も、体力的にきつい。

筋肉は何歳からでも鍛えることができるが、動脈硬化は取り戻しのつかない加齢現象と割り切ったほうがよい。

麻生の首相動静を見ていると分かるが、食事はやたらと、中華とすしが多いのである。子供のころから、毎日が晴れの日という、甘やかされた食生活をしてきたことが分かるこのメニューを何十年と続ければ、野菜不足に伴う大腸の病気とか、動脈硬化が出てもおかしくはないだろう。おまけに麻生は喫煙者だ。

そして「過労死」とは、過労が引き金となって起こる、心筋梗塞、脳出血、クモ膜下出血、急性心不全などのことなのである。




☆ウィキペディア「大平正芳」の項→

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B9%B3%E6%AD%A3%E8%8A%B3

総選挙が公示された5月30日、大平は第一声を挙げた新宿での街頭演説の直後から気分が悪くなり、翌日過労と不整脈で虎の門病院に入院した。大平は年明け以降、休日が3月22日と翌23日の私邸での休養だけという激務、70歳という高齢、心臓に不安があり、以前にもニトログリセリンを服用することがあるなど肉体は限界に来ていた。なお、ニトログリセリンの服用は公表されていなかった。

大平入院により、反主流派の中川一郎は健康問題をかかえた大平ではベネチアサミット出席が難しいことを理由に進退を決すべきと発言し、河本敏夫は大平の全快を祈ると前置きしつつも国際信義上サミットの出席は早めに決すべきと記者会見で語り、暗に大平退陣を要求するなど反主流派の一部から大平退陣の声があがった。

また、6月9日には大平派の鈴木善幸が大平の後は話合いによる暫定政権が好ましいと記者団に語るなど大平派からも大平退陣について発言する動きがあがった。この鈴木発言を新聞でみた大平は「浅薄な腹黒者、不謹慎極まりない」と激怒したと言われている。大平本人は近日中に退院しサミットに出席する心づもりだったとされ、官僚時代からの盟友であり官房長官の伊東正義等にも話している。

一時は記者団の代表3人と数分間の会見を行えるほどに回復したものの、6月12日午前5時過ぎ容態が急変し、志げ子夫人以下家族たち、伊東正義、田中六助自民党副幹事長に看取られながら5時54分死去。70歳3ヵ月、突然の死だった。死因は心筋梗塞による心不全。

死去前夜、7時半頃桜内義雄幹事長が選挙情勢について報告に訪れ、その後伊東官房長官とも30分程話し、そして午後9時ごろ娘婿で秘書官の森田一がベネチアサミットの準備に当らせるため佐藤秘書官をベネチアに派遣することを報告した際に返した「そうか、わかった」が最期の言葉となった。

大平の死によって権限は、首相権限は伊東正義官房長官が首相臨時代理として、自民党総裁権限は西村英一自民党副総裁が総裁代行として、ベネチアサミットには大来佐武郎外務大臣が代理出席し、3人に分かれた。

48年ぶりの現職総理の死去という想定外の事態は状況を一変させた。自民党の主流派と反主流派は「弔い合戦」を大義名分に挙党態勢に向かい、有権者の多くも同情票を自民党候補に投じた結果、自民党は衆参両院で安定多数を大きく上回る議席を得て大勝した。

大平の選挙区であった香川2区も娘婿の森田一が補充立候補で急遽出馬し、当選を果たした。





☆小渕元首相「暗殺説」の点と線  殺された代議士は何を知っていた------!?
http://www.asyura2.com/07/senkyo41/msg/905.html
投稿者 黄昏時のパルチザン兵士 日時 2007 年 9 月 10 日


00年4月1日、午後7時52分------党首会談終了後、小渕首相が記者団の前に姿を現した。

「小沢さんは離脱と明確に言ったのか」

記者の質問に対して、小渕首相の口がパクパク動く・・・・・・だが言葉は出なかった。そんな状態が10秒近く続いた。記者会見の後、秘書官と首相公邸に向かう途中、小渕首相は、秘書の一人に「左手がない」と意味不明な言葉をつぶやいたという。それから約2時間後の午後10時過ぎ------小渕首相は倒れた。

小渕首相が体調不良を訴え、夫人が順天堂病院に連絡。病院に運ばれたのは、2日午前1時20分ごろ。報道によれば、2日午前1時20分ごろ。報道によれば、秘書が運転するライトバンに小渕首相、千鶴子夫人が同乗したことになっている。しかし、このライトバンには、もう一人警視庁警備(SP)が同乗していた。それにしても、なぜ一国の首相を運ぶ車がライトバン≠ネのか。さらに、その後の筆者の取材で驚くべき事実が判明する。首相の搬送に使用されたライトバンが、当局関係者によれば食材運搬車≠セったというのだ。

一国の首相が食材運搬用のライトバンで病院へ運ばれ、さらに佐藤洋一≠ネる偽名を使って入院しなければならなかった理由とは何なのか?

緊急入院の一報が秘書官から青木官房長官に伝わったのは2日午前2時と言われているが、実際は病院に搬送される時にSPが配置されていたことから、事態をかなり前から把握していた可能性が高い。つまり、青木官房長官は、首相の緊急入院を知っていながら公にしなかった。そして、その後の青木官房長官の発言と行動は疑惑をさらに深める結果を招く。会話ができない状態にあった小渕首相から臨時首相代理に任命されたという発言、さらには赤坂プリンス新館の一室における、青木官房長官、村上参院議員会長、森幹事長、野中幹事長代理、亀井政調会長ら5人による密談≠ノより誕生した森政権・・・・・・こうした事態を外国メディアは皮肉を込めて「クレムリンのような秘密主義」(イギリス・ガ−ディアン紙)と報じた。

こうした秘密主義から生じた疑惑は小渕首相暗殺説≠ノまで発展する。アメリカで医師となった人物は語る。

「診療経過を見ると自然に発症したようには見えないのですよ。問題は脳梗塞から出血性梗塞になった。つまり溶けた血の塊が血管細胞から漏れ出して止まらない状態になり、容態が急激に悪化した。こういう状態を見るとどうも人工的な薬が予め使われたのではないかと疑いたくなるものです」

この医師によればCIAが暗殺に用いるF≠ニいう薬が存在するという。このF≠ヘ確実に脳梗塞を引き起こす薬で、それが使用された可能性は否定できないと語った。

さらに「小渕が倒れたのは向島の料亭」という怪文書が流れた。

〈「4月1日、小渕首相が病気で倒れる直前の夕刻、小渕首相は向島の料亭で数人≠相手に激論≠闘わしていた。登場人物はフィクサ−・福本邦夫ほか、複数の右翼関係者=A野中幹事長、鈴木宗男総務局長、小沢一郎党首ら数人の政界関係者だった。そしてこの日のテ−マは、北朝鮮との国交回復と戦後補償も含めた経済援助だった。この日の激論≠フ原因は、北朝鮮への援助が当初予定の5兆円が3兆円アップされ、コメ援助の1兆円も含めて合計8兆円を主張≠キる野中、鈴木両者に対して、当初予定通りの5兆円でも多すぎると反対する小渕、小沢両者の対立≠ゥらだった。こうしたことから永田町の一部で、今年4月の小渕緊急入院は、この向島の密談ではないか≠ニ噂された訳だ。」〉

小額面通り受け取るのは危険だが、偽名による入院と一国の首相を食材運搬車で運んだことを鑑みれば、この怪文書は俄然真実味を帯びてくる。

筆者がこの料亭を調べようと向島へ向かった時のことである。

「4月2日の午前4時ごろ、世田谷から代議士風の人を乗せたんですよ」

乗車したタクシ−の運転手が話し出した。その人物が向かった先は小渕首相が入院中の「順天堂病院」だった。

「お客さんは携帯で向島でどうしたこうしたという話をしていて、『記者に見つからないようにタクシ−で来い』というようなことを話していました」

運転手によれば、その人物の風貌が02年10月25日に刺殺された民主党・石井こうき議員に似ていたという。

石井議員は、5人組の密談により誕生した森政権を批判する急先鋒だった。しかし、02年10月25日午前10時過ぎ、自宅前で自称右翼・伊藤白水なる人物に刺殺された。事件の後、ある民主党議員は筆者に語った。

「石井代議士が追究していたのは自民党の大物議員の政治資金問題だと聞いています」

石井議員は週刊誌の記者に「自民党がひっくり返るネタがある」と話していたという。小渕首相の怪死と森政権の誕生までの黒いプロセス≠ノその影がちらつく石井議員の存在・・・・・・彼は何を告発しようとしていたのか。

4月1日午前10時ごろ、小渕首相の後を引き継いだ森喜朗の派閥の事務局長が急死している。様々な事情を知る事務局長が急死した夜、小渕首相が脳梗塞で倒れたのは、ただの偶然だろうか?





posted by はなゆー at 19:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 床屋政談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ミステリアスなペンは、?ないけど‥‥‥‥

誰か〜〜

阿蘇〜〜〜さんにさー

無農薬玄米奨めてよー

金持ちだんだから‥
マクロビオティックするにも、金持ってないとさ、
出来ないんだから‥
健康になられて‥

潔く♪♪辞めてもらいましよ♪
Posted by 介護員 at 2009年06月29日 20:24
はなゆーさん…。
コレは流石にブラックが過ぎる…。
まあ確かにさ、私も「犬の首紐が実現したから、駐日米国大使が賞与的人事になった」とは思ってますけどさ。
しかし拙いでしょ?
こういう事を前以て書くのって。
Posted by 田仁 at 2009年06月30日 11:09
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