2009年10月02日

〔メモ〕ルワンダ大虐殺を扇動したのは政府や軍の有力者たち

☆ウィキペディア「ルワンダ虐殺」の項→

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%80%E8%99%90%E6%AE%BA

フツ族の大統領が相次いで暗殺されたことをきっかけに、インテラハムウェは反ツチの抗議デモを開催した。抗議活動はルワンダ全土に拡大し、ツチ住民への襲撃が始まった。

フツ住民の暴徒化により国内は無法地帯となり、ツチ住民だけでなくフツ系の対ツチ穏健派政党の支持者も殺害された。約3ヶ月間で80万人〜100万人が殺害されたといわれる。




☆ウィキペディア「ルワンダ紛争」の項→

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%80%E7%B4%9B%E4%BA%89

この紛争では、ラジオ放送がツチへの敵愾心を煽る放送を流したことが、一般人までもが虐殺に荷担することにつながった。




《ルワンダの「千の丘自由放送局」=Mille Collines Free Radio and Televisionに関する英文記事》

☆The impact of hate media in Rwanda (英国BBC)

http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/3257748.stm

The most prominent hate media outlet was the private radio station, Radio Television Libre des Mille Collines.

(略)

After President Habyarimana's plane was shot down, the radio called for a "final war" to "exterminate the cockroaches."



☆'Hate radio' journalist confesses (英国BBC)

http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/749079.stm

The journalist worked for Radio et Television Libre des Milles Collines (RTLM) in Kigali which during the war was referred to as Hate Radio.

(略)

Radio Mille Collines was launched in 1993, backed by family members of the Hutu President Juvenal Habyarimana - whose death in a plane crash triggered the genocide.




《ある人から寄せられた情報まとめ》

(1)

はなゆーさんが紹介した反中国デモは、彼らが人々の支持をえるならば、
私たちの未来は暗黒のもとなります。

戦前の日本やナチス・ドイツの過去までさかのぼらなくても
つい最近に恐ろしい例があります。

フツ族がツチ族80万人虐殺した1994年のルワンダ大虐殺がそれです。

The genocide in Rwanda 1994
(1994年のルワンダ・ジェノサイド)
http://www.youtube.com/watch?v=fgfjFa1Th5Q

80万人が虐殺された他
250万人が難民となって近くの国に非難しました。



(2)

日本語での次の番組はとてもよくまとまっていて
なぜ、ルアンダ虐殺がおきたのかを
映像とともにコンパクトに説明してくれています。

計20分の時間を割ける余裕のある方には
ルワンダ虐殺学習資料としてとてもお勧めです。

虐殺の映像はほとんど出てきませんので
安心してみてください。

ルワンダ虐殺  1(10分)
http://www.youtube.com/watch?v=SJVuEl1escE

ルワンダ虐殺  2(10分)
http://www.youtube.com/watch?v=kmRX-3TpYz0


(映像を見る余裕のない人に経過を説明させてもらいます)

背景として植民地時代にドイツ(第一次大戦後はベルギー)が
少数派のツチ族を支配の基盤として利用し
多数派フツ族を抑圧していました。

フツ族の抵抗も激しさを増し、
ルワンダは1962年に独立します。

そして独立後は、
フツ族が政権を握ります。

そして植民地時代の反作用として
フツ族がツチ族を迫害してゆくことになります。

その中で不満を高めたツチ族は
1990年にはツチ系のルワンダ愛国戦線
(RPF) を組織し
内戦を起こします。(ルワンダ内戦)

1993年に和平に至りますが、、
1994年4月にフツの大統領が暗殺と思われる飛行機事故で死亡します。

そのとき、唯一の民間ラジオ放送局であった
「千の丘ラジオ局」が
最初、愛国戦線の反抗と決めつけて
愛国戦線をつかまえよと放送します。
そして
フツ族は勇気をもって、
ツチ族と闘って殺せと
放送で虐殺をあおってゆきます。

政府軍とラジオ放送にあおられて
暴徒化したフツ族によって、
1994年7月までのおよそ100日間に
80万人から100万人のツチ族と穏健派のフツ族が殺害された
と見られています。

また大量の(250万人)の難民が周辺国に流れ込み、
国際問題となりまた。

1994年、国連安全保障理事会は、
ジェノサイドや非人道行為を行った者を訴追・処罰するためのルワンダ国際刑事裁判所を設置、現在も審理が続いています。
刑務所に収容された容疑者は13万人です。

(ここまで
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%80
の記事も参考にしました)



(3)

上に紹介しています「ルワンダ虐殺  1」の映像の7分あたりに、
虐殺をあおった「千の丘ラジオ放送局」の人気アナウンサーだった容疑者ノエリの証言がでてきます。

「千の丘ラジオをつくったのは、軍や政府のお金持ちだった」と
彼は、指示されて原稿を読んでいただけだと言います。

軍や政府のお金持ちこそ大虐殺のバックにいた人びとでした。

人間同士を対立させる悪魔的知識人の背後に
お金持ちたちが自分の手を汚さずに
民衆を対立させて、
自分たちの貪欲実現の体制を維持しているのです。



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posted by はなゆー at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | キャスターメモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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