2011年02月01日

人妻秘書が初激白「私は民野健治検事(東京地検特捜部)に監禁された」

☆石川知裕議員女性秘書がはじめて語った「不意打ち10時間取調べ」の全貌 (News Spiral)

http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2011/02/post_730.html

http://www.asyura2.com/11/senkyo106/msg/258.html

──証人として立ちたいのはなぜですか?

証人になって取調べの可視化に貢献したいからです。
違法な取調べの実態をみなさんに知ってもらいたい。秘書や家族を人質に取ることは絶対に良くないことです。証人採用されないのは、取調べの可視化が進んでしまうことを嫌がる検察の気持ちが大きく影響していると思います。


──検察側は「石川議員の起訴内容に直接関係ない」と意見書を提出したと報道されていますが

「関係ない」ということに納得がいきません。
必要性も関連性もないのであれば、検察にとっても私にとっても、あの事情聴取は無駄な時間だったということなのでしょうか。私は、事情聴取の後に片耳が聞こえなくなり、仕事をする気力もなくなりました。それでも検察から謝罪もなければ、検察が週刊朝日に出した抗議文では「事情聴取は適正だった」と言いはられ、そんなことは絶対におかしいと思います。


──当時の状況を教えてください

検事から呼び出されたので、資料を返してもらって30分ぐらいで帰れると思ったので、コートも着ずにランチバッグだけで気軽に検察庁に行ったら、10時間拘束されました。子どもの迎えも行かせてもらえず、電話もさせてもらえませんでした。

「弁護士に電話をさせてください。その権利はあるはずです」と言っても、「弁護士に何ができるんだ」と電話すらさせてくれませんでした。あの空間の中では、自分のあるべき権利を主張したところで認めてもらえません。やりとりをしている間に、私も「あれ、本当に電話する権利はないんじゃないか」とも思いました。弁護士に電話するにしても検事から「おまえが雇ったのか」「おまえが選任届を出したのか」と言われると、私個人は弁護士との契約書を結んでいませんので「電話しちゃいけないのかな」と段々と洗脳されてしまうんです。

17時を過ぎても帰してくれませんでした。


──事情聴取はどのようなものでしたか

「監禁」という言葉がぴったり当てはまります。部屋からは出られませんし、トイレに行こうとすれば事務官がトイレの目の前まで付き添います。休憩を取るつもりでトイレに行っているのに、廊下で待たれてしまうと早く出ざるをえません。誰かとこっそり連絡を取っていると思われても困ります。とはいえ連絡を取ると言っても携帯は圏外なのでつながりません。帰りたくて涙が出てくるのに、検事からは「人生そんなに甘くない」と言われました。

イスの背もたれに背中がついても怒られました。その姿勢を強要されると次第に頭がもうろうとしてきます。「考えられないから休憩させてください」と言っても取り合ってくれません。呪文のように「お話ししてください」と言われ続けると、判断が鈍くなり、「ああ、こうやって冤罪がつくられていくんだ」と目の前で冤罪がつくられる過程を体験したかのようでした。お腹がすいて早く帰りたくなり、「ハイと言えば楽になれるのかな」と思う気持ちがよくわかりました。


──なぜ10時間も我慢できたのですか?

私は安田弁護士から、石川知裕議員が毎日10〜13時間事情聴取を受けているという記録を見せてもらったことがありました。私もせめてその時間を超えるまでは耐えなきゃいけないなと思っていたからだと思います。

また、30分間くらいの予定で出かけた人間が何時間も出てこないのですから、必ず弁護士か誰かが助けてくれるだろうと思っていました。でも誰も来ませんでした。検事には「弁護士に頼っても何もしてくれないことがわかっただろ」と言われました。こう言われると、たしかに自分が契約した弁護士じゃないし、やっぱり助けてくれないのかなと思ってしまうのです。


──最後はどのようにして出てきたのですか

22時半の段階で、もう倒れそうになっていました。「石川さんの心証がが悪くなるぞ」と言われ続けましたが、「子どもが寝る時間も過ぎてるし、帰ります」と言いました。私が立ち上がると「座りなさい」と言われ、検事の声も段々大きくなってきました。

そういうやりとりをしていたら取調室の電話が鳴りました。おそらく木村主任検事から「帰せ」という話がまわったのでしょう。急に検事の態度が変わり、帰れることになりました。

しかし、「そのかわり明日また同じ時間に来い」と言われたので、無言で帰ろうとすると「待て。明日同じ時間に来ると約束しろ」と言って帰してくれませんでした。結局また弁護士に電話をして相談すると、「来ると約束して出てきて」と言うので、「約束しないといけないんだ...」と思いながら、「ハイ」と言って出てきました。


──出てきた時間は何時ぐらいでしたか?

23時ごろにようやく建物を出られました。1月26日ですから、今と同じような真冬でした。コートもなかったので外に出た瞬間に歯が"ガチガチガチ"と音を鳴らしました。最初に言ったとおり、30分で出られると思っていたのでタクシー代すら持っておらず、歩いて帰りました。

翌日はその弁護士さんも信じられなくて電話をとらず、検察からの電話も事務所からの電話も受けずに家に引きこもっていました。


──その後の取調べはどのようなものでしたか

当時は事情聴取を拒否し続けたら、本当に逮捕されてしまいそうな雰囲気でした。住民票の住所変更をしてないだけでも逮捕できてしまう世の中ですので、強硬に拒否するのではなく、きちんと弁護士を入れて事情聴取を受けることになりました。弁護士を選任して検察庁に出し、弁護士と一緒に検察庁に行き、入口で待ってもらうようにしました。


──前回より精神的には落ち着けましたか

検事は前回と違っていたし、弁護士も待ってくれているので安心感がありました。

しかし前回の10時間の取調べがひどすぎたのか、あまりの緊張で急にお腹が痛くなり、生理になってしまいました。そんな時期でもないのに。

さすがにその理由も言えず、「一度この建物から出させてください、絶対に戻ってきますから」とパニックになりながら言いました。最初は検事さんもダメだと言っていたのですが、「絶対に戻ってきます、30分でも15分でもいいので一度出させてください」とお願いすると連絡を取ってくれて、30分間の時間を与えてもらいました。


──弁護士には相談したのですか

取調室に戻ったら必ず出た理由を説明するよう言われました。だからきちんと言いました。調書には記録されているはずです。それほど前回の10時間がつらくプレッシャーになり、精神状態がおかしくなっていました。


──取調べの担当検事はどうでしたか

その日の検事は紳士的で理論的に聞きたいことを聞こうとしてくれる人でした。しかし前回の取調べがひどく、同じ特捜の人だったのでやはり緊張感はありました。


──その取調べが、検察は現在では「石川議員の起訴内容に直接関係ない」と主張しています

ひどい取調べをした上に、それが必要なかったかのように言われることに憤りを覚えます。議員秘書として経験があり、精神的にも強いと自覚している私でも、厳しい精神状態に追い詰められました。一般の方があの様な空間に閉じこめられればもっと取り乱すと思います。不本意ながらも検察がつくった調書にサインして、殺風景な部屋から抜け出せるものだったら抜け出したいと思うでしょう。

だからこそ、取調べの可視化が必要なのではないでしょうか。



《関連記事》

☆石川議員秘書が「証言させて」事情聴取された担当検事の提訴も
(スポーツ報知)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110201-00000035-sph-soci

http://www.asyura2.com/11/senkyo106/msg/204.html

小沢一郎民主党元代表の秘書だった石川知裕衆院議員の女性秘書が31日、取材に応じ、7日から始まる石川氏の裁判で、証人として証言することを希望した。女性については昨年1月、事前の説明なく検察に呼び出された上、検事から10時間もの“恫喝(どうかつ)聴取”を受けた様子が「週刊朝日」で報じられていた。

(略)

女性は幼い子供と連絡を取れないまま圧迫質問を受け続け、耳が聞こえなくなったという。「だまし討ちで恐ろしい経験をさせられた。違法な取り調べについて話したい」と憤慨。証人採用されなければ、担当検事の提訴も検討している。



☆「週刊朝日」山口一臣編集長──タブー破りの“検事実名報道”で「週刊現代」にも怒られた!?
(サイゾー。1月10日)

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110110-00000301-cyzoz-soci

http://www.asyura2.com/10/lunchbreak44/msg/693.html

これは小沢一郎氏の元秘書である石川知裕衆院議員の秘書の女性を、東京地検特捜部が「証拠品を返すから、ちょっと来てほしい」とウソをついて呼び出し、そのまま夜中まで監禁していたという悪質極まる事件です。

女性秘書が検察庁に行くと、取調室には民野健治という検事がいて、小沢氏と石川氏が共謀したことを認めるよう、繰り返し迫りました。しかし彼女は、石川氏が小沢氏の秘書をしていた時は、別の民主党議員秘書を務めていたので、知る由もありません。そのことを正直に答えると、民野検事は「なんでもいいから認めればいいんだよ」「早く帰りたいなら、早く認めて楽になれよ」と悪態をつき続けたのです。

取り調べは延々と続き、日も暗くなり、彼女は保育園に子どもを預けていたので心配になりました。

彼女は、お迎えの時間を許可してほしいと懇願し、せめて電話を入れさせてほしいと哀願し、パニックで過呼吸状態に陥ったにもかかわらず、民野検事は電話をかけることすら認めなかった。

私も子育てをやっていたから、保育園にお迎えに行けないということが、どんなに重大なことかわかるんですよ。これは許せない、と思いました。




☆民野健治検事、女性秘書「恫喝」10時間
(反戦な家づくり。2010年2月4日)

http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-821.html

http://www.asyura2.com/11/senkyo105/msg/577.html

検察暴走! 子ども”人質“に女性秘書「恫喝」10時間
(週刊朝日2月12日号 上杉隆著)より引用


1月26日(火)の昼ごろ、石川事務所に「タミノ」と名乗る男から電話があった。女性秘書に検察庁に来てほしいという。

女性秘書が「今日も押収品の返却ですか?」と確認すると、タミノは「そうです、あと、ちょっと確認したいことがあるので」と返した。

よく聞き取れなかったので、もう一度確認すると、「返却です」と答えた。

女性秘書は、1月15日の石川逮捕以来2度(22日、25日)検察庁から呼び出しを受け「押収品」の返却に応じている。

今回も同様の案件だと信じた女性秘書は、ランチバッグ一つで検察庁に向かった。

霞が関から議員会館のある永田町からは一駅である。前日と同じように、コートも着ずに薄着で出かけた。ランチバッグの中には千円札と小銭、ティッシュとハンカチ、携帯電話だけである。

検察庁に着くと前回までとは違う部屋に案内される。

するとそこには民野健治という検事が待っており、いきなりこういい始めたのだ。

「被疑者として呼んだ。あなたには黙秘権があるので行使することができる。それから〜」

事情を把握できずパニックになった女性秘書が、ほかの秘書か弁護士に連絡したい旨を告げると、民野健治はそれを無視して、逆に、携帯電話の電源を切るように命じ、目の前でスイッチをオフにさせたのだ。

それが昼の1時45分。だまし討ちの「監禁」はこうして始まった。

任意の事情聴取は、文字通り「任意」である。

よって、被疑者であろうが、参考人であろうが、当事者の同意が必要なのは言うまでもない。

仮に、拒否しても、その場を立ち去っても問題はない。

拒否も国民の当然の権利である。

ところが今回「聴取」というだまし討ち監禁は、そうした意向を問うこともなくスタートしている。

民野検事は、女性秘書に小沢と石川が共謀していたことを認めるよう迫り続けた。だが、彼女がそんなことを知る由もない。

女性秘書は石川が小沢の秘書をやっているときは、別の民主党議員事務所に勤めていたのだ。

しかも、当時は与野党に分かれており、自由党の石川秘書についてはその存在すら知らなかった。

そんな彼女が、小沢事務所の会計事務のことを知るすべはない。

その旨を正確に述べると、検事は次のような言葉を並べるのだった。
「いいんだよ、何でもいいから認めればいいんだよ」
「早く帰りたいなら、早く認めて楽になれよ」
「何で自分を守ろうとしないの。石川をかばってどうするの」

こうした言葉をさんざん浴びせられたが、知りようもない事柄を語れるはずもない。

そこで黙っていると民野検事はこう言い放った。
「あんた、何も言わないのは愚の骨頂だよ」

取り調べ室では時刻もわからない。もうずいぶん時間も経過したのだろう。

ふと見るとそれまでブラインドから差し込んでいた外の光が暗くなっている。

3歳と5歳の子供が待っている保育園に迎えに行かなければならない。

夫でも誰でもいいから迎えに行かなければ、幼い子供たちも心配するだろう。

取り調べ可視化 これじゃ無理だ。

女性秘書は検事に対して、繰り返しお迎えの許可だけを懇願する。

一時的でもいい、必ず戻ってくる。せめて電話を入れさせてほしいと哀願し続けたのだ。


そして、母親の子供を思う気持ちが昂ったその時、検事の発した言葉が、先の「何言っちゃってんの?そんなに人生、甘くないでしょ?」という台詞だったのだ。


その言葉を聞いて、母親はパニック状態に陥った。

手が震え出し、自然に涙がこぼれてくる。

ついには呼吸が荒くなり、過呼吸状態に陥った。

飲み物を所望する。ご希望をどうぞ、と言われたので、「お茶をください」と言った。すると民野検事は事務官を呼び、庁内にあるローソンに買いに行かせた。事務官が戻ってきてお茶を出すと同時に検事はこういったのだ。
「120円、払ってください」

一方、昼間に出かけた女性秘書の帰りがあまりに遅いため、石川事務所のスタッフたちもさすがに心配になってきた。

ちょうどそのころ、検察庁から一本の電話が入った。
「○○さん(女性秘書の名前)からの伝言です。
今日は用事があるので事務所には帰らないとのことです」と、男の声で名前も名乗らず、それだけ言うと一方的に切れたという。

日が暮れて数時間がたつ。

子供の迎えの時刻が迫ってからは「せめて主人に電話をさせてほしい」「ダメだ」というやり取りの繰り返しになる。

あの小沢一郎の事情聴取ですら、準備に準備を重ねて弁護士を連れ、自らのホテルの部屋という条件で行われたのだ。しかも4時間半である。

一方、女性秘書の「監禁」時間はすでにこの時点で5時間を超えている。

だんだん思考能力も低下してきた、と、のちに弁護士にも語っている

この母親が何百回、同じ「哀願」を繰り返したころだろう。

ようやく検事が「じゃあ、旦那にだけは電話していい」と認めた。

検事の目の前で携帯のスイッチをオンにし、画面に夫の電話番号を表示し、それを見せながら発信ボタンを押した。

子供の迎えだけを頼んだ。

それから次に弁護士への通話をお願いし、しばらくして同じように許可された。

弁護士が健治と「聴取」の中断を交渉し、午後10時45分、事務所を出てから約10時間ぶりに女性秘書は「監禁」から開放されたのだった。

結局、「押収品」は一つも返してもらえなかった。

つまり、東京地検特捜部は、最初からこの若い母親をだまして「監禁」することが目的だったのだ!

posted by はなゆー at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事(国内) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック