2011年03月18日

〔福島原発〕北沢防衛相が自衛隊に放射線量を度外視の「特攻」を指示

☆防衛相、ヘリの放射線量を度外視「強い意志持て」 (スポーツニッポン)

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/03/18/kiji/K20110318000447200.html

http://www.asyura2.com/11/genpatu7/msg/368.html

陸上自衛隊のヘリが水の投下を終えた後に記者会見した北沢防衛相は、硬い表情を崩さず「きょうが限界だと判断し決心した」と、重い決断を下した心情を吐露した。前日は原発周辺の放射線量が規定値を大幅に超えたため、投下を断念。実行見送りの判断はヘリの操縦士に委ねていたと説明し「それを繰り返したのでは成果が挙がらない。菅直人首相と私の重い決断を受け、折木統幕長が判断した」と強く指示したことを示唆した。

一方、北沢防衛相の指示をヘリ乗組員に伝えた制服組トップの折木良一統合幕僚長も、自衛隊としての覚悟を強調。興奮気味に「“1回目は必ずやるとの強い意志を持っていけ”と指示をした」と振り返った。




☆白襷隊
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E8%A5%B7%E9%9A%8A

白襷隊(しろだすきたい)は、日露戦争、旅順攻囲戦、第三回総攻撃における特別支隊である。夜襲の際、味方を識別するために将士ともに白襷を掛けていたことに由来する名称であり、日露戦争後になってこう呼ばれるようになった(従って正式な部隊名ではない)。

1904年(明治37年)11月26日、第三回旅順総攻撃が開始されると第1師団特別歩兵第25連隊の二箇大隊、第12、第35連隊の各一個大隊、工兵第9大隊の一個小隊、第7師団衛生隊の総勢3100余名は、特別支隊として、決死隊を組織し、松樹山第四砲台を奇襲することとなった。水師営から松樹山北西麓に進み、26日午後9時、敵堡塁まじかの第一線散兵濠に突入したが、地雷の爆発により潰乱し、味方識別のために掛けていた白襷がロシア軍の探照灯照射によって反射し目立ったため大損害を受けた。後続部隊もまた同様で、支隊長中村覚少将も敵弾に負傷した。死傷者のあまりの多さに11月27日午前2時退却の余儀なきに至って白襷隊の奮戦は失敗に終わった。

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posted by はなゆー at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事(国内) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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