http://twitter.com/#!/natsumetaira/statuses/48886501257388032
現場の作業員たちをヒーローにして、問題の確信(原文ママ)をごまかす動きがあります。決死の活動に感謝しつつ、彼らを犠牲にしているのが日本の原子力政策だということ、被曝限度量を引き上げて、さらに彼らの犠牲をごまかそうとしていることこそに注目すべきです。
孫崎享(元・防衛大教授)
http://twitter.com/#!/i_h_o_36/status/49220332707512320
18日朝日:「英雄フクシマ50」欧米メディア、原発の作業員ら称賛、」私はとてもそんな気になれない。東京電力はどれだけ今次当事者としての責任を幹部が示したか。日本社会で作業員は現場から離脱出来ない。会社はその上で安穏としている。彼らは多分命を縮める。朝日はこの構図に気付かないのか。
☆爆弾三勇士
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%88%86%E5%BC%BE%E4%B8%89%E5%8B%87%E5%A3%AB
爆弾三勇士(ばくだんさんゆうし)とは、日本陸軍独立工兵第18大隊(久留米)の、江下武二、北川丞、作江伊之助各一等兵3名のことである。上海事変中の1932年(昭和7年)2月22日、蔡廷楷率いる19路軍が上海郊外(現在は上海市宝山区)の廟行鎮に築いた陣地の鉄条網に対して、突撃路を築くため、点火した破壊筒を持って敵陣に突入爆破(強行破壊)し、自らも爆死した。
(略)
事件の直後2月24日には『東京朝日新聞』で「「帝国万歳」と叫んで吾身は木端微塵」、25日に『西部毎日新聞』で「忠烈まさに粉骨砕身」、『大阪朝日新聞』で「葉隠れ主義の露堂々」など、美談として広く報道され反響をよび、壮烈無比の勇士としてその武功を称えられた。軍国熱も高まり映画や歌にもなり、陸軍始まって以来ともいわれる弔慰金が集まった。
彼らを題材に大阪毎日新聞・東京日日新聞や東京朝日新聞などがそれぞれ顕彰歌の歌詞を公募し、大阪毎日・東京日日が与謝野鉄幹作詞・辻順治作曲による「爆弾三勇士の歌」、東京朝日公募1席が中野力作詞・山田耕筰作曲、2席が渡部栄伍作詞・古賀政男作曲による「肉弾三勇士の歌」になった。以上2曲とも歌:江文也・日本コロムビア合唱団。
また、歌舞伎や新派、果ては文楽、浪曲にまで三勇士ものが上演された。
映画では急きょ日活や、新興キネマ、河合映画製作社、東活映画社、福井映画社の5つの映画社が競ってドラマチックな愛国の美談として映画化。事件報道後10日足らずの3月3日に新興と河合が封切り、6日に東活、10日に日活、福井も3月17日に封切りをした。いずれも無声映画。また、いずれも映画の完成度は拙速であるのは否めなかった。日本軍の戦場での悲劇や美談をモチーフに多くの映画が劇場公開され、軍国熱をいやが上にも煽ることになった。当時の報道機関は新聞とNHKラジオだけだったため、この種の映画は大衆性の強いニュース映画でもあった。三勇士人気に便乗し多くの図案などにも採用され、さらには三勇士もののグッズ(菓子・ヘアスタイル・和服のデザイン)まで出る騒ぎとなった。小中学校の運動会競技にもなっている。当時の人気漫画「のらくろ」の昭和7年5月連載分においても、爆弾三勇士がモデルと思われる3頭の犬が活躍するエピソードが描かれている。
書籍では、小笠原長生『忠烈爆弾三勇士』(実業之日本社)、大和良作・栗原白嶺『護国の神・肉弾三勇士』(護国団)、滝渓潤『壮烈無比爆弾三勇士の一隊』(三輪書店)、宗改造『軍神江下武二伝』(欽英閣)などが出版され、1933年教育総監部による『満州事変軍事美談集』に「点火せる破壊砲を抱き、身を以て鉄条網を破壊す」と題して収められた。
このような熱狂的な反応は、大手新聞らマスコミによって作られたものである。新聞各紙は「まさしく『軍神』ー忠烈な肉弾三勇士に、『天皇陛下の上聞に達したい』。陸軍省は最高の賛辞」(大阪朝日・昭和7年2月25日)などの最大級の賛辞から、「肉弾三勇士の壮烈なる行動も、実にこの神ながらの民族精神の発露によるはいうまでもない。」(大阪朝日・昭和7年2月27日)というファナチックなものまで無数の記事を連日のように書き、弔慰金の金額と寄託者を一面に載せた。『大阪朝日』には34,549円、『大阪毎日』には30,575円の弔慰金が集まった。さらにキャンペーンはエスカレートし、三人の遺族の靖国神社や陸軍省訪問記事を情感たっぷりに書き、新聞購読者をより多く獲得しようとした。前述の歌もその一環である。
教科書で取り上げるべしという意見も多く挙がり、1941年から45年までの初等国語科と唱歌教材に取り上げられた。
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