2011年10月12日

安住財務相が経団連会長と会談し「TPP参加」に前向き発言 

「陰徳太平記によると、秀吉は若狭から商船を因幡へと送り込み米を高値で買い占めさせる一方で、河川や海からの毛利勢の兵糧搬入を阻止した」



☆財務相、TPP参加に前向き発言 経団連会長と会談
(産経新聞)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111012-00000507-san-bus_all

http://www.asyura2.com/11/hasan73/msg/570.html

安住淳財務相は12日、経団連会館で米倉弘昌経団連会長と会談し、日本の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)参加問題について「深い議論のなかで深く考えていただければ、日本人は必ず結論を見いだしてくれると思う」と語り、参加に前向きな考えを示した。


               ↓

赤城の田子(赤城山の麓に住む古希を過ぎた老人)
https://twitter.com/#!/akagisanzoku/status/123925860620316673
TPP問題。年寄りの危惧する点は食料の自給率が10%以下になった後、世界で何か異変が起き、各国が食料を自国内に凍結する事態が生じたとしたら日本はどうなるか、考えた事あるのかな?。例えば大きな戦争が勃発したら「日本は食糧不足で壊滅する」と思わないのか?。不思議。




☆鳥取城
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%8F%96%E5%9F%8E

秀吉は播磨・三木城攻め(三木合戦)で行った兵糧攻めをここでも実施した。

陰徳太平記によると、秀吉は若狭から商船を因幡へと送り込み米を高値で買い占めさせる一方で、河川や海からの毛利勢の兵糧搬入を阻止した。

このとき、城には20日分の兵糧しか用意されておらず、この作戦によりまたたくまに兵糧は尽き飢餓に陥った。何週間か経つと城内の家畜、植物などは食い尽くされ、4か月も経つと餓死者が続出し、人肉を食らう者まで現れた。信長公記にはこう記されている。「餓鬼のごとく痩せ衰えたる男女、柵際へより、もだえこがれ、引き出し助け給へと叫び、叫喚の悲しみ、哀れなるありさま、目もあてられず。」、吉川経家はこの凄惨たる状況に、自決と引き換えに開城、自害した。

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ラベル:安住淳
posted by はなゆー at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 外交 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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