2006年10月29日

東京新聞社説「バーチャルな改憲論」

☆バーチャルな改憲論(東京新聞・社説)

http://www.tokyo-np.co.jp/00/sha/20061029/col_____sha_____001.shtml

http://www.asyura2.com/0610/senkyo27/msg/987.html

太平洋戦争中の日本人の意識と生活の記録『暗黒日記』を残したジャーナリスト、清沢洌は四五年元日のページに次のように書いています。

「昨夜から今暁にかけ三回空襲警報なる。…日本国民は、今、初めて『戦争』を経験している。戦争は文化の母だとか、『百年戦争』だとかいって戦争を賛美してきたのは長いことだった。…戦争はそんなに遊山に行くようなものなのか。それを今、彼らは味わっているのだ」

沖縄以外の国内が地上戦の戦場になったことはなく、政府による情報統制とそれに対するマスコミの迎合で、当時、国民は実情を知らされずに、圧倒的多数が戦争を支持していました。米軍の空襲に連日さらされるようになって、やっと戦争についてリアルな認識を持ち始めたが遅かった、と清沢は批判したのです。

(略)

民族派の論客である、一水会顧問の鈴木邦男さんは「今の日本では右翼団体より市民団体や右派メディアの方が過激だ」と苦笑しています。

☆絵本「戦争のつくりかた」

       ↓

http://smile.hippy.jp/ehon/index.htm

http://www.ribbon-project.jp/book/

あなたは 戦争がどういうものか、知っていますか?

おじいさんやおばあさんから、
むかしのことを聞いたことが
あるかもしれません。
学校の先生が、 戦争の話を
してくれたかもしれません。

話に聞いたことはなくても、
テレビで、戦争している国を見たことなら、
あるでしょう。

わたしたちの国
は、60年ちかくまえに、
「戦争しない」
と決めました。
だからあなたは、戦争のために
なにかをしたことがありません。

でも、国のしくみやきまりをすこしずつ変えていけば、
戦争しないと決めた国も、
戦争できる国になります。

そのあいだには、
たとえば、こんなことがおこります。

わたしたちの国を守るだけだった自衛隊が、
武器を持って よその国にでかけるようになります。

世界の平和を守るため、
戦争でこまっている人びとを助けるため、
と言って。

せめられそうだと思ったら、
先にこっちからせめる、とも言うようになります。

戦争のことは、
ほんの何人かの政府の人たちで決めていい、
というきまりを作ります。

ほかの人には、
「戦争することにしたよ」 と言います。

時間がなければ、 あとで。

政府が、戦争するとか、戦争するかもしれない、と決めると、
テレビやラジオや新聞は、政府が発表したとおりのことを言うようになります。

政府につごうのわるいことは言わない、
というきまりも作ります。

みんなで、ふだんから、戦争のときのための練習をします。

なんかへんだな、 と思っても、
「どうして?」 とは聞けません。

聞けるような感じではありません。

学校では、
いい国民は何をしなければならないか、
をおそわります。

どんな国やどんな人が悪者か、
もおそわります。

町のあちこちに、 カメラがつけられます。
いい国民ではない人を見つけるために。

わたしたちも、 おたがいを見張ります。
いい国民ではない人がまわりにいないか と。

だれかのことを、
いい国民ではない人かも、と思ったら、
おまわりさんに知らせます。

おまわりさんは、
いい国民ではないかもしれない人を
つかまえます。

戦争が起こったり起こりそうなときは、
お店の品物や、 あなたの家や土地を、
軍隊が自由に使える、というきまりを作ります。

いろんな人が軍隊の仕事を手伝う、 というきまりも。

たとえば、
飛行機のパイロット、お医者さん、看護師さん、トラックの運転手さん、ガソリンスタンドの人、建設会社の人などです。

戦争には、お金がたくさんかかります。

そこで政府は、税金をふやしたり、
わたしたちのくらしのために使うはずのお金をへらしたり、
わたしたちからも借りたりして、
お金を集めます。

みかたの国が戦争するときには、
お金をあげたりもします。

わたしたちの国の「憲法」は、
「戦争しない」 と決めています。

「憲法」は、
政府がやるべきことと、やってはいけないことを
わたしたちが決めた、国のおおもとのきまりです。

戦争したい人たちには、つごうのわるいきまりです。

そこで、
「わたしたちの国は、戦争に参加できる」と、
「憲法」 を書きかえます。

さあ、 これで、 わたしたちの国は戦争できる国になりました。

政府が 戦争する と決めたら、
あなたは、国のために命を捨てることができます。

政府が、
「これは国際貢献だ」と言えば、
そのために 命を捨てることができます。

戦争で人を殺すこともできます。

おとうさんやおかあさんや、学校の友だちや先生や、近所の人たちが、
戦争のために死んでも、
悲しむことはありません。

政府はほめてくれます。

国や「国際貢献」のために、
いいことをしたのですから。

人のいのちが世の中で一番たいせつだと、
今までおそわってきたのは
間違いになりました。

一番たいせつなのは、
「国」になったのです。




posted by はなゆー at 12:49| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事(国内) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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