2006年12月29日

ニューヨークタイムズ「拉致問題に乗じて怒りをあおる日本右翼」

ニューヨークタイムズの原文は

「Japan Rightist Fan Fury Over North Korea Abduction」

http://www.asyura2.com/07/senkyo29/msg/222.html

この文はタイトルが少し変えられてフランスの有力英字紙「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」にも掲載された

       ↓

「Abduction issue used by Japanese nationalists」(国粋主義者に利用される拉致問題)

http://www.iht.com/articles/2006/12/17/news/japan.php

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http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/817.html

「北朝鮮の拉致に怒りをあおる日本右翼」

ニューヨーク・タイムズ、12月17日

[12月16日東京]

 日本政府のポスターは、血のように赤い北朝鮮地図が、若い日本人の目を覆い隠している。日本の若者が危険であると暗示し、北朝鮮の脅威に目を向けるよう日本人に促す。

 そのポスターは、今週の集会において、30年以上前に北朝鮮によって誘拐された日本人がまだ留め置かれていると注意を促すための、際立ったディスプレーだった。

 通常そのようなイベントに出席する人々、親族や支援者、右翼団体構成員は、初の特別ゲストである安倍晋三首相を待っていた。

 安倍氏は群衆に語りかけた。
「私達は拉致問題で決して妥協する事はできません。」
「私は、任期中、最優先でこの問題に取り組むと誓います。」
日本の外では、北朝鮮指導者・金正日が4年前に犯罪が起こったと認めて5人の生存者を返した後では、拉致は既に終わった事かもしれない。

 しかし日本では、国家主義的な政治家や団体によって、今なお毎日ニュース・メディアで活き続けるよう維持された燃え盛る問題であり、彼らの大事な目標である

 平和憲法を葬ることや、学校で愛国心や道徳価値をすり込むことなどと同様にすっかりトピックとして反芻され続けている。

 人々の情に訴えやすいこの問題は、右翼による身体的危険、あるいは言論の暴力にさらされている穏健派を沈黙させるのに貢献した。

 このたった1つの要因を擁護したため、安倍氏は3ヵ月前に首相候補として無名から急浮上した。しかし、小泉純一郎という人気者の前任者によって敷かれた経済的な変更路線で、右肩下がりコースを取った安倍氏は支持率が急速に下がり始めた。政治的に生き残るために、彼は恐らく拉致問題にもたれ続けなければならない。

 最近ニュース・メディアの自由に関する懸念を高じさせた動きとして、安倍氏は、国際的な無線放送において更に拉致を強調するよう、公共放送局のNHKに命令した。NHKによれば、今年初頭から9ヵ月間、既にニュースのおよそ3分の1をこの問題に注ぎ続けていたにも拘らず、NHKは同意した。

 警察庁は、先月また別の日本人、松本京子氏を拉致被害者として17番目に特定したと発表した。警察は、発表を補強するために、どんな新たな証拠も示さなかった。

 単に「日本がそれを忘れていないという信号を送りたいと思います」と、チーフの漆間巌は拉致問題について述べた。

 全国のマスコミが松本氏の故郷、米子(西日本の辺鄙な都市)に集まった時、発表は日本中に怒りを注いだ。マスコミは、娘が1977年に失踪する前に母へ編んだカーディガンを握る、か弱い83歳の母親の姿を映し出した。

 その母と兄が出席した米子での日曜日の集会では、右翼支持者は激励の言葉を供したが、また十八番の台詞をも披露した。荒木和博・特定失踪者問題調査会(民間団体)代表は、戦後日本における「集団的自衛権の拒否」と「専守防衛」を厳しく批判した。「これはただ、完全な妄想に他ならない」と彼は述べた。

 その後の東京でのインタビューで、荒木氏は、松本氏の名を挙げるという決定が政治的なものであると信じている、と言った。彼は警察の調査について述べた。
「私は、この新情報は危うく発表されずに終わる所だったと思う」
「安倍政権が権力を握り、何かをするよう皆に命じたので、警察はこのカードを出したのだ」

 米子の松本家のインタビューで、兄の松本孟氏(59歳)は、京子が拉致被害者として最終的に認定されたので家族は安堵したと述べた。 彼は、国家主義者たちが未解決の拉致問題をつうじて彼らの大義を追い求めることを快く思っていなかったと語った。しかし、それを達観して、彼はこう述べた。
「ある意味で、それはやむを得ません」
「例えば、国家主義者達が拉致問題を出さずに教育問題や憲法改定を図ろうとするなら、国会で突破口を切り開くのは非常に難しいと思います」
「重要な議案を扱うのに、4−5個の問題をひとくくりにして、拉致のような問題を前面に出すと簡単に通しやすい」

 実際、安倍氏の自由民主党は、愛国心や道徳心、公徳心を強調する教育法を今週通過させた。国中で開催されたタウン・ミーティングにおいて、ヤラセ質問に謝礼金を払い賛成意見をださせたうえで、法に対する支持を取り付けたと政府レポートは報告している。

 しかし、拉致問題が非常にデリケートなので、メディアは、その背後にある右翼団体に関しては報道せず、それ故にほとんどの日本人がそれに気づかない状態に留まっている。

 中山恭子氏、拉致問題における安倍氏の特別顧問は、政府はこの問題を利用していないという。政府は、17人の日本人が北朝鮮に誘拐された中、12人がまだ説明されていないと言う。北朝鮮は、彼等が死んだか、または最初から全く誘拐されなかったと言っている。中山氏はインタビューでこう述べた。

「人々は、私達が政治上の目的で拉致問題を利用していると理解したのなら、誰も私達を支持しないと思います」
「多数の日本人の市民が誘拐されています。 彼等は電話さえ掛けるのを許されず、自由を奪い取られています。その事実は、日本人のセキュリティが脅かされている事を示しています」

 政治的に拉致問題の重要性に挑戦するのは、野党政治家さえ控える程のタブーになった。リベラルなジャーナリストや学者は拉致問題の操作について個人的に詳述するものの、敢て僅かなコメントしか公表しない。大阪大学の歴史家、杉田米行氏はこう述べた。
「拉致問題は小学生さえ理解している重大問題です」
「安倍首相は、政治目標を実行する目的でこの問題を使用しています。北朝鮮は邪悪であり、これに対応するため、日本は憲法を改定して、学校で愛国心を増進しなければならない、と彼は言っています。それは彼がこの国を押し遣っている方向です。この手法は非常に上手く行っています」
「しかしまた、非常に危険でもあります」
「そのような感情的な問題に対して、このような方法で愛国心を煽り、既に言論の自由を犯しました」

 こう述べる杉田氏は、この問題についてエッセーを出版した後、右翼から脅迫を受けたのである。

 この問題は、総合的にタカ派である日本政府の国内外における方針について、批判的な日本の穏健派を沈黙させた。

 その数少ない例外が加藤紘一氏である。安倍氏の自由民主党に在籍するこの年長の議員は、アジアに対する強硬政策や日本の復古主義的愛国心に対する率直な批評家だ。この8月、加藤氏のコメントに腹を立てた右翼構成員は彼の実家を全焼させた後、切腹を図った。しかし、切腹は未遂に終った。

 この問題が日本の愛国心を煽る事について加藤氏は「それは拉致問題だけではなく、反中国の、そして反北朝鮮の感情でもあります」と用心深く言葉を選びながら言った。

 77歳の佐藤勝巳氏、北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(私的団体の全国総会)のリーダーは、焦点を拉致被害者だけに絞ったと述べた。 しかしインタビューで彼や、団体の地方リーダーの多くも日本会議の構成員であると言い切った。

 日本会議は、戦後の戦争反対世論を拒絶し、帝国のシステムを受け入れ、アジアにおける先の戦争に対して日本を擁護する、日本で最もアクティブで大きい国家主義的組織である。

 佐藤氏は「領域的に、私達の運動には右翼団体が幾つかあり、右に非常に傾いているように見えるのは事実」と述べた。かれは、安倍氏が首相選出された数日後に会見に呼ばれている。

 米子では、今岡祐一氏(81歳)は救う会と日本会議の両方のトップだ。今岡氏は、戦後日本の堕落と看做される出来事、すなわち個人主義の偏重と男性の特権喪失といったことを糺す指導者が必ず現れると信じていたが、「安倍氏なら!」と言った。彼にして見れば、女性と子供に余りに多くの特権が与えられ過ぎてしまった。

 多くの日本会議構成員のように、今岡氏はアメリカを、日本に民主主義をもたらした事ではなく、平和主義を去勢する事に対して称賛する。

 彼は、安倍氏の主任補佐官の言葉をこう繰り返した。
「私達が核兵器を持つべきかどうかに関して、議論を行うのがタブーだなんて、おかしくありませんか?」
「私達はそれについて自由に議論するべきです」

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《関連データー》

☆整理。「救う会」と広域暴力団「住吉会」(カマヤンの虚業日記)

http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20060428#1146221793

http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/787.html

☆なぜ、「救う会」には、北朝鮮と武器・覚醒剤密輸をしている暴力団住吉会が深く関わっているのか?/「北朝鮮」問題と、日本のエネルギー独立」(カマヤンの虚業日記)

http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20060430#1146379685

http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/786.html

☆拉致問題:「救う会」佐藤会長は北朝鮮から2度勲章を授与されている(拙文)

http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/804.html

http://alcyone.seesaa.net/article/30383939.html

この中に、佐藤勝巳氏という方は、元川崎汽船の労働組合にいた方のようでございまして、この方が、一九六二年と六四年、六二年は十一月の十日、それから一九六四年は九月の二十三日、このときに朝鮮民主主義人民共和国赤十字栄誉徽章受賞者、いわゆる北朝鮮から勲章を二回もらっておられる方でございます。二回もらった中に、横田めぐみさんの救出の会の会長小島晴則さんも入っております。佐藤勝巳さんに関しては、二回も勲章をもらっておられるわけです。

☆拉致被害者と暴力団の関係 しらじらしい「北朝鮮が日本参加拒否」報道(ファピーの風の花 2006年11月5日)

http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/814.html

http://plaza.rakuten.co.jp/peace88/diary/20061105/

☆北朝鮮滞在中の蓮池薫氏ではないかと思われる写真

        ↓

http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/efa890a89a7c22ce6871e38c4fd7b426

http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/788.html

☆蓮池さんのこと(特定失踪者問題調査会ニュース 12月28日)

http://chosa-kai.jp/cyosakainews/kongetunews/news061228.TXT

http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/813.html

調査会の岡田常務理事から言われて気づいたのですが、蓮池透さんの著書『奪還 第二章』



126ページに警察の事情聴取に関する話が出てきます。その中にこんな一節があります。

「弟夫婦への警察の事情聴取は結局、2004年秋に弟の希望通り実家で行われました。その時、驚くような質問を受けたそうです。『北朝鮮のパスポートを所有していますね。

日本国内へ工作活動に来たのはいつですか?誰にも言いませんから』『北朝鮮で日本語教育というある意味でスパイ養成に加担したわけですが、どういうお気持ちで?』弟は、『日本国内になんて、入れるわけがないだろう。日本語教育は、われわれが生き残るためにやったまでなのに…あなた方は助けに来てくれたのか?』と激怒したそうです。状
況を聞いた私は開いた口が塞がりませんでした」

確かに、こう聞かれれば、薫さんが怒るのももっともでしょう。誰も助けに来なかったのに何を言うか、というのは今北朝鮮に残っている拉致被害者からも、私たちはやがて同じ言葉を聞かされることになると思います。

 しかし、それはそれとして、この記述が事実なら、なぜ警察はあえてこういう質問をしたのでしょうか。何も根拠がなくて、皆が腫れ物にでも触るように扱っている帰国した拉致被害者にこういうことを聞くでしょうか。やはり警察は何か極めて重要な情報、捜査上の秘密などという言葉で隠してはならない重要なことを知っていて、そして隠しているのではないかと思わざるを得ません。

☆「週刊現代」の記事について(特定失踪者問題調査会ニュース 12月26日)

http://www.chosa-kai.jp/cyosakainews/kongetunews/news061226.TXT

http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/806.html

拉致被害者が日本に戻る可能性はあるか、と問われれば、「ある」と答えざるを得ません。例えば福留貴美子さんは昭和51年に騙されて北朝鮮に入国し、よど号グループの1人である岡本武と結婚させられた後、昭和55年に一度日本に戻っています。これは当然工作目的であり、北朝鮮がそのようなことを福留さん1人だけにやらせることは有り得ません

(略)

私たちが調べている中でも、ある日新潟の海岸で海水パンツ姿で失踪し、数年後に沖縄で「発見」された人がいます。よど号グループのリーダーだった田宮崇麿(故人)も北朝鮮に来てから戻っている人間がいるという話をしており、そういう類の人間が相当数いることは事実です。

日本人拉致はその目的は様々でも、最大の目的は対日工作だと思われます。蓮池さんも当然そのような仕事をさせられたのでしょう。したがって、北朝鮮当局が必要だと思えば日本に戻っていたことがあってもおかしくはありません。もちろん、本件が真実だという証拠もないのですが。


☆家族会の暗部 蓮池薫さんは拉致工作員として日本に上陸していた(反米嫌日戦線)

http://anarchist.seesaa.net/article/30243132.html

http://www.asyura2.com/07/senkyo29/msg/340.html

記事によれば、社会主義労働者党を結成した横井邦彦氏が北名古屋市鴨田小教諭だった86年3月18日、卒業式予行演習後の体育館に侵入した蓮池氏に声をかけられ、他の複数の工作員により拉致されそうになったという。

横井氏の証言によれば、国政選挙の候補予定者(同年7月の参院選に出馬落選)が失踪すれば、警察が黙っていないと告げると、蓮池氏は、拉致を断念し「口外したら命はないぞ」と捨て台詞を言い去っていったそうだ。

「蓮池氏ら拉致被害者5人が帰国してから、内閣府拉致問題・連絡調整室、外務省北東アジア課、新潟警察の3つの部署が、5人に対し個別に任意で話を聞いてきました。中でも一番詳しく聴取したのは、内閣府拉致問題・連絡調整室です。内閣府には『蓮池ファイル』と呼ばれる膨大な証言録があって、外務省も必要に応じて問い合わせていました。当時このファイルを管理していたのは、現在、首相首席秘書官を務める井上義行氏ですが、実際にファイルを作成したのは、蓮池氏への面会担当者でもあった小城徳勇氏です」(外務省元北朝鮮関係者)

蓮池氏は、「金日成政治軍事大学を卒業して、烽火大学に進学した」と横井氏に話したという。

これが真実としたら、蓮池氏はスパイのエリートであったこととなる。横田めぐみさんもスパイに日本語を教えていたそうだし、拉致被害者が拉致実行犯になる可能性を否定することは出来ない。

いままで、マスコミは一部を除き、拉致家族会の言いなり報道に終始していた。

宮崎学は、10月の一水会フォーラムにて、拉致家族会に対するこのような報道の姿勢を批判している。

それと、気になるのが、拉致問題に関しての報道のあり方なんです。これも、悪役と被害者というものを極めて対照的に描いている。事実、被害者は被害者なんですがね。被害者の立場にあまりにも感情移入しすぎている傾向がある。僕はそのように思います。ですから、これは劇場型ということであれば、ある時、これは醒めるときがくる。そういう種類のものだろうと。これは、皆さんご異論があるだろうと思いますが、拉致被害者が小泉が行って帰ってきた。何人か帰されてきましたが、この時に僕が言ったのは、残された人たち、あるいは殺された人たちがいますね。この人たちと、帰った人たちの関係はきちっと報道されているのだろうか。つまり、一番知っているのは帰ってきた人たちなんですわ。その人たちは責務として言う必要がある。僕はそう思ったわけですね。すぐに批判を受けたわけですけれども。報道のあり方として考えた場合に、そう思うわけです。

http://anarchist.seesaa.net/article/26297196.html

簡単に想像できるのは、残された人は、北朝鮮に反抗的な人、帰ってきた人は、北朝鮮に忠誠を誓っている人、美しい国の北朝鮮に「愛国心」を持っている人ってこと。まさか、祖国北朝鮮を裏切り、日本に帰らないだろうと思われた人たちのみを、北は日本に「一時帰国」させた。

北朝鮮が拉致事件に関して当事者でありながら強行な態度に出ているのは、帰国した拉致被害者が、拉致の実行犯でもあったことに起因しているのではないか?

安倍政権の支持率維持に、拉致問題が利用されている現実をどう思っているのか? 蓮池氏よ、真実を語ってくれ。

☆蓮池薫氏に拉致されそうになった人の証言

http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/539.html

投稿者 kerogaso 日時 2006 年 11 月 20 日

正直に言います

 今さら隠していても仕方がありませんので、私が知っていることをすべて言います。
 
 私(横井邦彦)は1986年に日本で蓮池薫氏に会っています。
 
 正確には、拉致されそうになったという方が正しい言い方だと思います。
 
 拉致被害者が日本で拉致未遂事件を起こしていたなどという話は、にわかに信じがたいからこれまで黙っていたのです。
 
 テレビで蓮池薫氏が飛行機のタラップから降りてくるのを見たときには、「あのヤローだ」ということはすぐに分かりましたが、この時期は私とマルクス主義同志会の関係が極端に悪くなっており、最終的に私がマルクス主義同志会から追い出され、赤星マルクス研究会をつくり、ホームページを立ち上げるという私の人生の大きな転回点だったので、私自身が拉致問題どころではなかったということも大きな理由の一つです。
 
 それに、赤星マルクス研究会を立ち上げてすぐに、「実は私は」などと名乗り出ることは、私自身の売名行為のようで気に入らなかったし、あの頃はまだ蓮池薫氏の家族が北朝鮮に残っており、彼に「お前、あの時のヤツだろう」などというのも酷だと思ったので黙っていました。
 
 しかし、今の私は失うものは何もないです。だから正直に言います。
 
 私は、1986年当時愛知県の小学校の教師でした。私の勤務していた小学校は愛知県西春日井郡西春町にある鴨田小学校という学校でした。
 
 3月の下旬のことでしたが、その時私は視聴覚担当をしていたので、鴨田小学校の体育館で、卒業式の練習を終えて、一人で会場の放送用具の整理をしていました。蓮池薫氏はそこへやってきました。
 
 そこで30分ぐらい彼と話をしました。彼の話は彼が拉致被害者であるということと、いろいろな理由で北朝鮮につれてこられたり、自分の意志で北朝鮮に来たりした日本人は100人以上いるということ、自分はそういう人たちの“面倒を見る立場”に置かれているということ、北朝鮮の赤軍派で内部闘争があり、北朝鮮当局が田宮を指導部からはずしたがっているということ、北朝鮮に来れば田宮の代わりに私を指導部に入れたいということ、私を北朝鮮に連れて行くために、“潜水艦ではない船”で秘密裏に日本にやってきた等々でした。
 
 もちろん私ははっきりと蓮池薫氏の申し出を断りました。日本の革命運動を北朝鮮でやるということの意味がまったく分からない、日本の革命運動は日本でしかできないのではないかということと、私と北朝鮮政府の見解は大きく異なっており、私は北朝鮮を社会主義国家だと思ったことはないというのが断った主な理由でした。
 
 そうしたら蓮池薫氏は、ここまで秘密を漏らしたらこのまま返すことはできない、力ずくでも北朝鮮に連れて行く、というとんでもないことをいいだしたのです。
 
 しかし、残念なことに蓮池薫氏はそれを実行することはできませんでした。
 
 私は蓮池薫氏に彼が私を拉致することができない理由をはっきりと説明しました。
 
 いうまでもないことですが、私は3月いっぱいで小学校を退職し、社労党(社会主義労働者党)から参議院愛知地方区に立候補することが正式に決まっており、それはもう記者会見を開いてマスコミにも伝えていたからです。
 
 国政選挙の立候補予定者が突如としていなくなることの意味を考えなくてはならない、これは普通の人がいなくなるのとはまったく意味が違うのだと、しかも私は労働者階級の利益を守るために立候補するといっているのだから、私を拉致することは朝鮮労働党が日本の労働者階級にケンカを売るのと同じだと、朝鮮労働党が日本の労働者階級の敵となってなお生存を続けることは絶対的に不可能であるというようなことを言った記憶があります。
 
 私と蓮池薫氏が話をしている間に、夕方だったのではっきりとは見えませんでしたが、私たちのまわりには数名(二、三人)の不審な人物がいました。蓮池薫氏は私の話を聞いて、その中の指揮者とおぼしき人物のところに相談に行って、数分の間、話をした後で私のところへ戻ってきて、今回はあきらめるといって去っていきました。
 
 (なお、「指揮官とおぼしき人物」は横田めぐみさんのダンナ称する人物とよく似ていたような気がしますが、蓮池薫氏のように数十pの至近距離で直接言葉をやりとりしたわけではないのではっきりと断言できません。)
 
 この時、蓮池薫氏は私にくだらない脅し文句をいくつか言ったような気がしますが、それはすべて忘れてしまいました。
 
 以上が私が知りえた出来事のすべてです。
 
 それで拉致被害者が全部は死んではいないという根拠ですが、一つは、蓮池薫氏は拉致被害者の中でも多くのことを知りうる立場にあり、彼が私に言ったことの多くはそれなりに当たっていたということ。
 
 二つ目は、蓮池薫氏のように北朝鮮で特別の任務を与えられて生きていた拉致被害者は彼だけではなく、その他にもいるのではないかということ。そして、そういう人々は殺されたり強制収容所に送られる理由はないので、彼らがいまだに生きている確率は高いということです。
 
 なお、こういうことは被害者である私が語るよりも、加害者である蓮池薫氏が語るべきことがらなのではないですか。何しろ彼は当事者であり、すべてを語ると言っているのだから、私の拉致未遂事件を含めて、すべてを語る責務は私にではなく、彼の方にあると思います。
 
 なお、蓮池薫氏が私のところに来た理由は、彼が私を赤軍関係者と誤解したためです。
 
 この誤解についてですが、実は、浅間山荘事件で逮捕された連合赤軍のK氏はどういうわけか、浅間山荘で逮捕されたとき、私の名前と住所と電話番号を書いたメモを持っており、そのことで私の実家にはパトカーが2台も来た。
 
 そこで私が不思議に思うのは、田宮たちが北朝鮮に渡ったのは1969年で、連合赤軍事件が起こったのは1972年であり、この事件の関係者たちはすべて長期投獄されている。
 
 したがって、蓮池薫氏が私を赤軍関係者と誤解するというのは、理解しがたいものである。日本国内の赤軍関係者ならば、私と彼らがまったく異なる政治的な立場に立っていることぐらい私が説明しなくても彼ら自身が一番よく知っている事がらであるし、北朝鮮の赤軍派ならば私の存在自体を知らないはずである。
 
 むしろこういう誤解は、私の実家に来たバカなパトカーの関係者のものであったろうし、私に対する拉致計画そのものが、客観的に見れば、社労党(社会主義労働者党)の選挙運動に対する悪質な選挙妨害以外の何ものでもなかったのだから、この計画の主たる発案者は、むしろ北朝鮮政府ではなく、日本国内にいるわれわれ社労党(社会主義労働者党)の参議院選挙への参加をこころよく思っていない勢力なのではないかと考えるのが妥当であろう。
 
 そういう点ではこれは語られなければならない、闇に葬ってはならない政治的な事件だったと思います。            
 
 北朝鮮政府(金正日政権)が、日本の反動勢力とつるんで、日本の労働者階級の選挙闘争を圧殺しようとしたという事実は歴史の中にどうしても書き残さなければならない重大な出来事であると私は思うからあえて真実を語るのです。

☆蓮池薫氏に拉致されそうになった人の証言(続き)

http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/580.html

投稿者 kerogaso 日時 2006 年 11 月 23 日

 私が赤軍派と間違えられたといったら、そんなはずはないと言われましたので、きちんと説明します。
 
 実際に、私は赤軍派とはまったく関係がありません。あると思う方がどうかしているというのはまったく真実ですが、加藤倫教氏が「あさま山荘」で逮捕されたときに、どういうわけか、私の名前と住所と電話番号を書いたメモを持っていたのも事実です。
 
 おそらく、県立中村高校を退学になり一緒に処分反対闘争をやっていたYさんが加藤倫教氏に教えたのではないかと思います。Yさんの知人には赤軍関係者が何人かいましたからそれは確かだと思います。ひょっとしたら私はYさんの紹介で加藤倫教氏自身と会っているような気もする。(私が“Yさん”という匿名でしか語れないのは、彼女はすでに左翼運動から足を洗っており、結婚して普通の人になったからで、彼女には結婚するときに自分のことはすべて忘れてほしい、連絡も取らないでほしいと頼まれているからです。)
 
 社労党の選挙云々ということでいえば、それは当たっています。みなさんよくご存じのように、当時、愛知選挙区では古川均氏が立候補する予定でした。しかし、古川均氏が病気になり立候補できなくなったので、途中で私が古川均氏の代わりに立候補することになりました。
 
 このことが正式に決まったのは1986年の3月に入ってからで、愛知県庁内の記者クラブで行った立候補の記者会見は3月15日を過ぎていました。私が蓮池薫に会ったのはこの数日後ですから、蓮池薫が北朝鮮を出るときには私が参議院選挙に立候補することになったことはおそらく知らなかったのだろうと思います。(北朝鮮から名古屋の近郊に来るまではかなりの日数が必要だと思います。その方法についても蓮池薫は非合法的な手段=工作船でやってきたというのですから、昨日今日に北朝鮮から名古屋に来れるということはなかったと思います)
 
 そうすると蓮池薫が私を拉致しようとした理由がまったく分かりません。私は1973年に社労党(社会主義労働者党)の前身であるマル労同(マルクス主義労働者同盟)の同盟員になって以来、一貫して国家資本主義(スターリン体制)の断固たる反対者でした。そういう人間を北朝鮮に連れて行っても、金正日将軍サマのお役に立つことは何もないわけで、田宮某に代わって赤軍グループの指導部に入ってくれといわれても、「バカじゃないか」としか言えない人間であることは自明ではないでしょうか?金正日がいくらバカでも国家資本主義陣営内に暮らしていれば、トロツキストとスターリニストの区別ぐらいつくわけで、むしろ蓮池薫による私の拉致未遂事件は、北朝鮮政府が私のことを何も知らずに拉致しようとしたとしか思えないわけです。
 
 そういう点からするなら、誰か彼らをそそのかした連中がいたということであり、そういう連中は北朝鮮ではなく、日本国内にいたと考える方が自然ではないでしょうか。
 
 そしてそういう連中は赤軍関係者でも新左翼関係者でもないし、共産党関係者でも朝鮮総連関係者でもないわけです。つまり左翼関係者であるのであれば、われわれが彼らにとってどうしょうもない部類の人間であることは熟知しているはずです。
 
 このことは、「私と赤軍派を間違えることはありえない」という多くの人々の証言が物語っています。そう、蓮池薫が間違えるはずのないことを間違えているのは「そそのかした連中」というのが左翼関係者ではないからではないですか?
 
 左翼以外の人にとっては、日本共産党であろうが、中核派であろうが、革マル派であろうが、赤軍派であろうが、社労党であろうが、「アカ」という単一の範疇に入るのだから、この事件の本当の立案者はそういう思想傾向の連中であることははっきりしている。
 
 そしてこの事件が、まさにわれわれ社労党が組織の全力をあげて選挙闘争に突入しようとしたときに起きているのですから、客観的に見て、この事件はロクでもない連中が社会主義労働者党の選挙闘争を妨害しようとしたというわれわれの評価は間違ってはいないわけです。

☆さらに横井氏の説明(革命的マル共連フォーラムの書き込みより)

http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/590.html

投稿者 kerogaso 日時 2006 年 11 月 24 日

私がこの事件が本当であると知ったのは蓮池薫氏が帰国してタラップを降りてきてからでした。

それまでは気にはなっていたのですが半信半疑でした。

社労党の理論機関紙『科学的共産主義』28号に私の参議院選挙の
闘争記録を書いた『雷雲の彼方へ』という文章がありますが、そのなかでも当時、私が右翼であるという変なうわさが流れておりそのために本当の右翼が「横井先生、横井先生」といって寄ってきたことが書かれており、「選挙に立候補するという発表をして以来、訳の分からないヤツが、訳の分からないことをいってくる」という部分がありますが、私はあの事件もそんな一つではないかと思っていました。

なお、それ以来私が公表しなかった経緯については、一番最初にブログに書いたとおりです。

また、これはまだ公表していませんが、彼らの帰国直後に拉致家族会や「拉致被害者を救う会」、そして主要なマスコミには匿名で手紙を出しています。

だからマスコミや権力が今回のことで驚くことはないと思います。

そういう点では、「被害者責任」というのは当たらないと思います。
私は被害者としてできるだけのことはしました。

☆信憑性は別にして蓮池薫氏が特別な任務を帯びて日本に逆潜入というのはあり得る話です。

http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/540.html

投稿者 gataro 日時 2006 年 11 月 20 日

金正男が日本に簡単に何度も潜入していたことから見て、蓮池薫氏が特別な任務を帯びて日本に逆潜入というのはあり得る話だ、と思います。

拉致被害者として日本に帰国してしばらく、薫さんは兄の透さんと再三にわたって、激論を交わしたことが報道されていた。透さんが北朝鮮の犯罪的で抑圧的な国のあり方を批判したのに対して、薫さんが北朝鮮での永年の苦闘を否定されたとして反発したといった内容だったように記憶する。これが事実なら薫さんはマインドコントロール下のまま、里帰りのようなつもりで一時帰国し、また北朝鮮に「帰国」するつもりだったと思われる。

今はマインドコントロールからほぼ解き放されているようだが、かつては北朝鮮のためには「拉致」行為も辞さない精神状態にあったかもしれない。そう考えると赤星マルクス研究会の横井氏が言っているようなことは可能性としてはあり得るのではなかろうか。無惨な話だ。

☆奇怪な、しかしながら考えて見れば、ひょっとして「拉致事件」の真相に迫る、実に興味深い事件なのかも?

http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/543.html

投稿者 影の闇 日時 2006 年 11 月 20 日

先ずその横井氏の「証言」の信憑性の問題。

ご本人がウソをついてないとしてー

その人物が本当に蓮池氏であるのかどうか?
小生の考える「拉致事件」の真相からいって、似た人物であるということは大いに考えられるし、それが本当に蓮池さんだったかどうかで、大きく二つにストオリィが分けて考えられるからです。 そしてこの何れの場合でも、前年韓国で起きた「辛光洙事件」(南北特殊機関によるやらせ!)と絡んだものであることは、多分、間違いないでしょう。

もし蓮池さんではなかった場合ー

日韓の特殊機関、及び謀略組織主導(監督 アメリカ)

ヒントは、横井氏自身が言っておりますね。
北朝鮮に居るよど号メンバーからの情報であれば間違うはずはない、おそらくは公安情報を基に自分に近付いたのだろう、と。 
そう、「公安情報」であれば、この事件にはむしろ北朝鮮は関係無い。

 しかしながら、それでもし本当に蓮池さんだった場合ー

加えて、北の特殊機関も深くこの勢力に係わってる

そうして、何れの場合でも、日本海の暗黒海流の一端が垣間見られたということでしょうな.....

☆親子二代に渡る壮大なヤラセ?

http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/610.html

投稿者 パルタ 日時 2006 年 11 月 25 日

これがもし本当なら、常識では考えられない謀略だと思います。70年代から日本の警察は拉致を薄々知っていましたが、あの当時の指導者を考えてみましょう。池田大作、カストロ、カダフィは今でも生きていますが、金日成、安部晋太郎、田中角栄、福田赳男は個人(原文ママ)となり、全員二世の時代となっています。親子二代に渡るシナリオまで考えるかー。もちろん、長い時間を置き、拉致被害者の家族が死ぬか死なないかくらいに発表した方がショックは大きいでしょうけど。70年代に拉致して70年代に発表するのでは効果は少ない。残酷な話ですが、時間を置く方がより巨大なスケールの話になれる。危機ももっと巨大になる。日本の反体制派も道連れにして、70年代に30年後の破局を作り出す??そんな事考える奴がいるとしたら恐い。

☆むしろ、読み間違ったのかも?

http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/602.html

投稿者 影の闇 日時 2006 年 11 月 25 日

うーん、僕には、読み間違ったような気がしますが...
例えば、小泉内閣発足直ぐに、「金正男氏不法入国」なんてことが有りましたね。

小生は今でもあの人物が本物なのか疑問ではありますが、仮に本当であったら、少なくとも拘束せずに、直ぐに出国させたとか、破綻した朝銀に金を注ぎ込んだり、日中国交をやった角栄氏の娘を外相にしたりとか、ある種北朝鮮へのサインと受け取り、或いは実際そのように思い込ませるというような、水面下の動きが在ったのかも知れませんよ。
「謝罪」すれば全て上手くいく、てなこともね。

☆安明進証言と蓮池薫証言の矛盾 − 国家的謀略としての拉致問題(世に倦む日日)

http://critic.exblog.jp/3248688

http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/780.html

☆安明進証言と蓮池薫証言の矛盾

http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/781.html

http://www.chosa-kai.jp/shiryou/050829.pdf



posted by はなゆー at 16:43| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 外交 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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