2007年02月28日

リハビリ日数制限から1年経過〜さまよえる「リハビリ難民」

☆リハビリ日数制限から1年 治療求めさまよう患者 (河北新報)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070226-00000011-khk-soci

http://www.asyura2.com/0601/health12/msg/515.html

身体機能を回復させるリハビリテーション医療の現場が大きく揺らいでいる。医療制度改革の一環として、厚生労働省が昨年4月、保険診療で受けられるリハビリに日数制限を導入した。ところが、日数制限後、リハビリ継続が必要な患者の受け皿となる訪問リハビリや病院外施設の整備、専門職の育成が進んでいない。このため、「リハビリ難民」とも呼ばれる患者が生まれ、治療打ち切りに対する不安や悲痛な叫びが広がっている。

(略)

全国保険医団体連合会が昨年9―11月実施した調査では、全国でリハビリを打ち切られた患者は、推計で4万5000人に上る。

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《有力ブログ「華氏451度」も怒りの論陣を張った》

☆働けなくなった人間は死ねという国 (華氏451度)

http://blog.goo.ne.jp/bebe2001pe/e/b8c757c9d9e3714f4b854d57ef9a81ca

http://www.asyura2.com/0601/health12/msg/516.html 

要するに、国にとって後期高齢者は「お荷物」なのだな。いや、金と社会的地位があり、さらに政府を支持してくれる後期高齢者は別だろうが。厚労省は、さすが「産む機械」うんぬんと豪語した大臣をトップに抱く官庁だけある。子供作りにも労働にも役立たなくなった(兵士にも役立ちませんね)お荷物には、あまり長く生きて欲しくないのだろう。リハビリ日数を制限したのも、本当はリハビリテーションの必要な人達は「国家のお荷物」だと思っているからだ。

誰だって障害を持つ可能性はあるし、生きていれば間違いなく1つずつ年を取る。そして高齢者になれば、誰だってあちこち故障が出てくるのは当然の話ではないか。それを支え合うために、私達は皆がそれぞれに金を出しているのだ。ちなみに私は今のところあまり病院に行くことはなく(ちょくちょく病気はするが、たいてい2〜3日寝込めば治ってしまう程度の軽い病気だ)、健康保険料は払う一方に近い。しかしそれを惜しいとか、バカらしいと思ったことは一度もない。いつか私も大きな病気をするかも知れないし、私はしなかったとしても、母や、友人達が医療を受けるかも知れない(あ、母はもういろいろと受けているのだった。近々、白内障の手術をすると言うし)。

すべての人間が、出自や性別や年齢や、そして健康状態によって差別されない国。美しい国というのは、そういう国を言う。






posted by はなゆー at 08:46| ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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リハビリ日数制限導入から1年、リハビリ難民の声
Excerpt: ダイコクブログ。でも断続的に取り上げている、リハビリ日数制限問題。 当ブログ内のリハビリ問題カテゴリ: http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-cat..
Weblog: ダイコクブログ。
Tracked: 2007-02-28 17:13