2007年04月27日

《史料》1968年の琉球政府主席公選での保守陣営への資金流入

沖縄県公文書館

http://www.archives.pref.okinawa.jp/

http://rca.open.ed.jp/ok/uscar/index.html

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E7%B8%84%E7%9C%8C%E5%85%AC%E6%96%87%E6%9B%B8%E9%A4%A8

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以下のデーターは、「小泉・元首相はCIA工作員」(オルタナティブ通信)

http://alternativereport.seesaa.net/article/40058689.html

http://www.asyura2.com/07/senkyo33/msg/1041.html

を読んだ「御堂岡啓昭」氏

http://d.hatena.ne.jp/requiem7/

http://ins1492.livedoor.biz/

から寄せられた情報である。

ちなみに、米国CIAが日本政界に資金援助していたのは1964年までであると、従来は報道されていたのだが、少しズレが出てきたようでもある。

☆自民にCIA資金 50年代後半〜60年代の初め 米外交史料が刊行
(赤旗)

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-07-20/2006072002_03_0.html

http://tinyurl.com/ywunsq

自民党など親米政治家らに対し、米中央情報局(CIA)が一九五〇年代後半から六〇年代初めにかけて秘密資金を提供していたことを記載している外交史料を十八日、米国務省が刊行しました。

自民党と同党議員への秘密資金援助は、九四年十月に元米外交官の証言を基にニューヨーク・タイムズ紙が暴露。本紙も当時、元駐日大使が米国務省に送った秘密書簡で、「岸(信介元首相)の弟の佐藤栄作(元首相)が共産主義者とのたたかいでわれわれに財政援助をせがんでいる」と述べていたことを報じました。

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公文書の記録USCAR時代/7/主席公選と西銘支援/米も関与し資金提供

2000.07.16 琉球新報朝刊 8頁 特集 写図表有 (全3,223字) 

公文書の記録USCAR時代/7/主席公選と西銘支援/米も関与し資金提供

琉球政府主席を住民が直接選挙で選ぶ「主席公選」は沖縄の自治権拡大の大きな目標の一つだった。一九六八年二月一日、アンガー高等弁務官が「十一月十一日に、主席公選を立法院議員選挙と同時に行う」と発表して選挙戦が始まった。

とは言っても、USCAR(琉球列島米国民政府)はその前年から、西銘順治氏(当時は那覇市長)を候補者と決め、支援態勢を固めている。具体的に、七十二万ドルの選挙資金が西銘支援を含めた保守勢力側へ供与されている様子が記録された文書が残っている。電文は米国大使館から高等弁務官あてになっていて、資金供与について米国側が深く関与していることを裏付けている。

総額72万ドル

一九六八年八月十六日付の米国大使館から高等弁務官への秘密電文「日本自由民主党の財政支援」には、吉元栄真氏(沖縄民主党副総裁)が、東京に出向いて金の受け渡し方法について協議している。

(1)吉元からの情報によると、八月十五日に福田(赴夫)と会って七十二万ドルの受け渡しを確認した(2)金は八月二十一日に二十八万ドル、九月十六日に二十二万ドル、十月十五日に二十二万ドルと、三回に分けて渡される予定である(3)米大使館は、金の移送方法についてまだ検討中。東京でなら円で、沖縄でならドルで受け取るということになるが、それが明確になり次第、誰が金を運ぶか決めることになろう。吉元は八月十八日にノースウエスト機で沖縄に帰る予定。(抄訳)

吉元氏が日本自由民主党から選挙資金を得ることに成功したと報告する文書は一九六八年五月三日付のメモに残っている。

それによると、三月に東京に行った時に日本自由民主党から八十八万ドルの確約ができた。そのうち、十万ドルはすでに受け取っている。しかし、残りの金額を沖縄に運ぶためには多額の移送費がかかる。十万ドルの移送経費でも一万三千ドルだった。「大使館の協力があればもっと低料金で運ぶことができる」と、大使館の協力を求めている。吉元氏によると、主席公選、立法院議員、那覇市長選、その他市町村選挙のために百三十八万ドルが必要と見積もっている。

具体的な金額の受け渡しについて吉元氏はまず高等弁務官と相談している。一九六八年七月十九日付の高等弁務官から東京の米国大使館への電文「民政官と吉元の会談」は−

民政官は七月十七日に吉元と財政支援について話し合った。移送を担当する人も同席した。吉元は七月二十五日から東京に行く予定で、そこで西銘(順治)、星(克)と合流することになっている。吉元は選挙資金の移送にかかる費用について大使館の協力を求めた。

民政官はこの問題については日本自由民主党が解決すべきであると答えた。吉元は、前回の選挙で在沖米国人企業家から五千ドルの寄付があったことを報告し、今回の選挙について民政官の資金援助を求めた。
(抄訳)

この電文には高等弁務官の意見として「米国側としては、金の移送については関与しないことが得策であると信じる」と付け加えられている。現金の移送に関して、米側が慎重な態度に終始している様子がうかがえる。

「西銘プラン」

前記の電文にも触れられているが、当時、西銘氏は国政参加の要請のため度々東京に行っている。一九六八年七月十二日付の高等弁務官から米国大使館への秘密電文「国政参加」には、西銘氏の要請によって国政参加が実現するという「西銘プラン」と名付けられたシナリオが描かれている。

高等弁務官は七月十一日に西銘に会い、「西銘プラン」の実行に取り掛かった。西銘は七月二十八日ごろ東京に行って日本自由民主党とシナリオを確認し、数日後に米国大使館が日本政府にその話を持ち掛ける。
(抄訳)

同日付の高等弁務官から陸軍省への電文にも「西銘プラン」は記され、具体的に動き出している。

一九六八年八月二日付から九月六日付までの米国大使館から国務長官への電文には、西銘氏が七月三十一日から八月四日の間に東京に滞在して国政参加の実現をシナリオ通り遂行している様子が記されている。

途中、このシナリオは岸(信介)氏の示唆で予定より早く記者会見したり、沖縄で松岡主席が独自に国政参加の可能性について公表したりと、筋書き通りにはいかなかったが、選挙直前の、一九六八年十月に日米協議委員会で国政参加が正式に合意された。シナリオ通りに事は運んだ。

労働界への対策

十一月の選挙本番に向けて、着々と態勢を整えていく過程で、USCARは各界の有力者に西銘氏の勝算を確かめている。

一九六八年四月二十七日、アンガー高等弁務官、カーペンター民政官と西銘氏が泡瀬ゴルフコースで会談しているが、選挙予測について西銘氏は「現時点では那覇で五五%、南部で五五−六〇%、中部で四〇%、北部で六〇−六五%、宮古・八重山で六〇%の獲得が可能」で、さらに社大党(とくに宮古地区)からも支援が期待できると述べている。この中で、労働界から秘密の支援を得ていることが明かされている。この部分の会話は―

高等弁務官 労働界からの支援はありませんか。

西銘 亀甲(康吉・県労協議長)は私に借りがあります。県労協が昨年、国際自由労連に加盟した時に彼に千ドルを渡しました。彼は一九六五年の那覇市長選でも秘書として働いてくれました。

高等弁務官 亀甲は私にも二件の借りがありますよ。

西銘 主席公選の選挙戦中はあなたに不都合なことを言うかもしれませんが、選挙が終わるまでは黙って見ていて下さい。例えば、全軍労の交渉相手を米軍ではなく主席とするよう働きかけようと思います。

高等弁務官 日本では米軍の日本人従業員は日本政府(主権国家)の雇用となっていますが、琉球政府は主権を持った政府ではありません。

西銘 もちろんそれは承知していますが、全軍労交渉を主席に移したほうがいいように見受けられます。
(抄訳)

このゴルフ会談ではほかに、国政参加の具体的な議員数について「日本政府は二人だけの国会議員を提案しているが、私はこれに反対する。他県並みに衆議院五人、参議院二人とすべきだ」と主張している。

主席公選の資金に関しては、四十万ドルほど準備できているが、さらに日本自由民主党に対して八十万ドルを要請しようと考えていると話し、「東京で日本自由民主党が八十万ドルを確約してくれた」と話している。

労働組合対策に関しては、一九六八年七月二十三日の民政官と吉元氏の会談で、全軍労の分裂作戦を展開していることが報告されている。文書によると、吉元氏は全軍労の第二組合組織のために三千ドルをすでに用意しており、民政官に対して百人の臨時軍雇用員名簿を手渡している。この行動計画は自分(吉元)と琉球政府労働局長しか知らないと打ち明けている。

(編集委員・仲田清喜)

(毎週日曜日掲載)

主な閲覧文書

1968年5月1日 高等弁務官から陸軍省への電文「西銘との談話」(HiCom and CA Conversation with Nishime)

1968年5月3日 「選挙資金に関する1968年4月29日の協議」(Discussion on 29 April 1968 Between Civil Administrater CARPENTER and Legislator Eishin YOSHIMOTO Concerning Campaign Funds)

1968年7月12日 高等弁務官から米国大使館への電文「国政参加について」(DIET REPRESENTATION)

1968年7月19日 米国大使館から国務長官への電文「沖縄選挙戦術」(OKINAWA ELECTION STRATEGEY)

1968年8月16日 米国大使館から高等弁務官への電文「自民党の財政支援」(JLDP FINANCIAL SUPPORT)

琉球新報社

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68年主席公選/米が資金供与に関与/USCAR文書で判明

2000.06.05 琉球新報朝刊 1頁 1面 (全1,095字) 

68年主席公選/米が資金供与に関与/USCAR文書で判明

沖縄の日本復帰前の一九六八(昭和四十三)年十一月に行われた琉球政府行政主席公選は、革新支持の屋良朝苗氏と保守支持の西銘順治氏が一騎打ちした結果、屋良氏が当選したが、県公文書館に残されたUSCAR(琉球列島米国民政府)文書では、日本自由民主党から沖縄民主党へ多額の選挙資金が流れていることが分かった。文書は高等弁務官と東京の米国大使館を往復する電文が中心で、資金供与に米国側が関与していることを裏付けている。金の受け取り交渉のため、当時の沖縄民主党副総裁・吉元栄真氏が東京に出向いている。主席公選への具体的な資金介入が明らかになるのは初めて。

文書は一九六八年五月から八月にかけた電文で、日本自由民主党から沖縄民主党への選挙支援資金として七十二万ドルが供与されることを確約している。この金額は主席公選のためだけでなく、那覇市長選(西銘氏は現職の那覇市長を辞して主席公選に出馬したため、その後継者の選挙)や各市町村の首長選挙への支援を含めたものだった。

残された文書では金の出所は日本自由民主党だが、専門家の話では「米国中央情報局(CIA)からとみられている」。事実、当時のUSCARは主席公選の一年程前から保守勢力を交えて公選主席の候補者選定を論議し、当時那覇市長だった西銘氏に白羽の矢を立てていた。具体的な金額が高等弁務官と米大使館の間で交わされていることもそれを裏付けている。

七十二万ドルの金額は、同年八月から十月にかけて、三回に分けて東京から沖縄に運ぶことが確約されている。多額の金を運ぶ゛運び屋゛も同席してその方策を検討している。しかし米側は、西銘支援が表面化することに慎重で、高等弁務官は米大使館に対して「米国側としては、金の移送に関しては関与しない方が得策である」と提言している。

これは、米側が西銘氏を支援していることが公になると逆効果になることを恐れたためとみられる。

保守勢力の再統一目指す

宮里政玄・沖縄対外問題研究会代表の話 

沖縄統治者としての米国は、西銘候補を強力に支援したが、名目上は中立の立場を取っていた。この文書を見てもそれは明らかである。しかし当時の沖縄では、キャラウェイ高等弁務官時代に分裂した保守勢力を統治者の立場から再統一しなければならない政治状況があった。その延長線上で、公選主席に向けてできる限りの西銘支援をしている。選挙資金は、形の上では日本自由民主党から沖縄民主党へ流れているが、出所はCIAとみられている。日米双方で西銘氏を有利に導こうと苦心している実態がこの文書から明確に読み取れる。

琉球新報社

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情報提供者である「御堂岡啓昭」氏いわく

           ↓

沖縄県公文書館って凄いです。ここからの文書を収集してたんですねえ。

http://en.wikipedia.org/wiki/National_Security_Archive

資料群 国家安全保障文書館

資料群解説 国家安全保障文書館(ワシントンDC在)が情報自由法(FOIA)により公開させ、収集した米国政府機密文書のうち、「沖縄」、「琉球」、というキーワードの付与された文書を沖縄県公文書館が複写、収集した。

シリーズ August - November 1968, National Security Archives Documents

シリーズ解説  

タイトル JLDP Financial Support (from Johnson)/ NSA No.80720
資料日付 1968/8/16 〜 1968/8/16
出所/編・著者 その他(コレクション)National Security Archives
発行/出版  
資料種別 文書 数量 個人情報 無 言語識別 英 目録コード U90005420K 引渡コード  
資料解説 作成者: 在日アメリカ大使館/ JLDP: Japan Liberal Democratic Party

用途 資料コード 記録アドレス 媒体表題 媒体種別 利用 公開 収納コード 書架コード
閲覧用 U90005413B 007   紙 通常 公開 U90005342H 08-A-11-01

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■ 「御堂岡啓昭」氏いわく「沖縄県の公文書館にUSCAR公文書、遠隔地用の複写申請を出すと良い。複写料金1枚あたり20円です。現金書留でお送り下さい。」

http://rca.open.ed.jp/ok/uscar/index.html

http://www.archives.pref.okinawa.jp/

posted by はなゆー at 16:46| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 史料倉庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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