2007年06月20日

南京虐殺:英国BBCが自民党の右派議員の歴史認識を批判

☆Japan MPs play down 1937 killings (英国BBC)

http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6768847.stm

A group of MPs from Japan's governing party is claiming the Chinese have exaggerated the number of people killed by Japanese troops in Nanjing in 1937.

China claims that during the assault on the city around 300,000 people were killed by the Japanese.

In Tokyo the MPs, from the right wing of the governing Liberal Democratic Party, claimed a month-long study they organised showed 20,000 died.

At the end of the year China will mark the 70th anniversary of the attack.

They call it the 'rape of Nanking', the name of the city in English at the time of the incident.

(以下、省略)

〔匿名の有志による速訳(要点以外は省略しての和訳である)〕

日本の政権与党である自由民主党の有志議員グループは、1937年に日本軍によって南京で殺された中国人の数は誇張されていると主張しています。中国側は、街が日本人によって攻撃を受け、その期間中におよそ30万人が殺されたと主張しています。

東京では、与党・自由民主党の右派の議員たちが、彼らが組織して取り組んだ1か月の調査で、死亡したのは2万人だと主張しました。

今年の年末には、中国はこの事件の70回目の記念式典を行います。彼らは、それを『南京大屠殺』と呼びます。

南京は、中国の首都でした。かつて、そこで何が起こったのかを、いくつかの映画が語っています。1937年12月13日に日本帝国陸軍によって陥落した後、南京の人々は占領軍によって恐怖のどん底に落とされました。そして数千人が殺されました。しかし、中国人が引用している犠牲者の数は虚構であるという見解をより広めるためにこの記念日を利用しようとする日本人たちがいます。

中国は、30万人が南京で命を失ったと言います。専門家の中には、より正確な推定数は15〜20万人であると主張する人もいます。先の議員たちは、歴史文書を1ヵ月にわたるり調査したが、兵士たちが2万人以上もの人々を殺した証拠はなかったと言います。さらに彼らは、日本人は国際法にも違反していないとさえ言います。

これは明らかに極めて挑発的な声明ですが、果たして、そんなに重要なことでしょうか?

現在、日中両国政府は、共同で研究しようとしています。史実を巡る議論が日中関係改善に向けての両国の努力をふいにすることのないよう計画された研究課題です。

しかし、これらの議員による発表は、保守派として知られる安倍晋三首相の首相生命を脅かしかねない困難をもたらします。首相は、自らが率いる党の大派遣団と、視点を共有するのか否かについて、まず間違いなく繰り返し質問されることになるでしょう。

ラベル:BBC 南京
posted by はなゆー at 19:51| ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 外交 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今更ですが縮めて言うと、南京は封建時代から続く古い城市で、約半分が官庁街、残りが繁華街で、当然都市部で消費される厖大な食品や消耗品は城外の周辺地域で産出され、従って広大な農村地帯や軽工業域が取巻いていました。
当初、旧日本軍は近くに駐屯したものの、中国側と「南京城は攻めない」との約定を取り交わしており、しかし装備の貧弱な日本軍が食糧を「現地調達」する事は既によく知られていたので、周辺地域から日本軍を避けた大変な数の避難民が城内に籠もっていました。
その為、南京城市の通常人口から算出した、右翼史観の「被害者数」は当てになりません。
ところが、日本無責任体制の哀しさ、突如として約定もなんのその、南京城を北方から攻撃し始めたので、恐怖に駆られた避難民は、大挙して城壁南側の城門に押し寄せ脱出しようとした為に、圧死者が多数出、馬まで人の肉団子に埋もれたと言います。
更には例え脱出出来ても、城門の南に揚子江があり、当然船は限られていますし、パニックになった阿鼻叫喚の様は、筆舌に尽くし難い。
また、城内に居た中国側守備兵にも予想外の攻撃であった為、迎え撃つにも銃弾薬も足りず、取り敢えずは避難民に紛れて「此処は退却」とばかりに制服を脱いだ形跡を、入城して来た日本軍が見て、疑心暗鬼に駆られ「弁衣隊狩り」と称して、南京大虐殺が始まったのでした。
中国側の主張は「犠牲者=行方不明者」が30万人というもので、圧死者や溺死者も含まれています。
Posted by 田仁 at 2007年06月20日 23:45
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