2007年08月03日

〔再現絵画〕原爆投下の報復で米空軍捕虜を虐殺する広島市民たち

原爆投下の報復で、日本の市街地を空襲して撃墜されていたアメリカ空軍の捕虜たちをひきずりだして、虐殺する広島市民たちの行動に関しては、当時の証言を元にした絵が多数残っている。

もちろん国際法違反であることは、当時の日本人も理解していたはずであるが、原爆投下が理性を失わせたのであろう。

                  ↓

相生橋のたもとで十字架に打ち付けられていた米軍捕虜の死体。ただ両手をあわせて冥福を祈った

http://a-bombdb2.pcf.city.hiroshima.jp/PDB/PDBcom?EVENTID=PDB060V90&KEY=NG125-02

アメリカ兵が両手を釘で打ちつけられこめかみを銃で撃ちぬかれている

http://a-bombdb2.pcf.city.hiroshima.jp/PDB/PDBcom?EVENTID=PDB060V90&KEY=GE01-48

縛られた米軍捕虜を棒切れでたたく人々

http://a-bombdb2.pcf.city.hiroshima.jp/PDB/PDBcom?EVENTID=PDB060V90&KEY=GE33-37

死んだアメリカ兵を棍棒でなぐる男

http://a-bombdb2.pcf.city.hiroshima.jp/PDB/PDBcom?EVENTID=PDB060V90&KEY=GE29-39

米軍捕虜が、ひも、電線でぐるぐる巻きにされ、その周辺には、石、がれき山のように投げられていた。

http://a-bombdb2.pcf.city.hiroshima.jp/PDB/PDBcom?EVENTID=PDB060V90&KEY=NG193-04

相生橋東側電車通りに米軍捕虜が電車の電柱に後ろ手に縛られ放置されていた。

http://a-bombdb2.pcf.city.hiroshima.jp/PDB/PDBcom?EVENTID=PDB060V90&KEY=NG208-03

相生橋につながれてた青い目の青年

http://a-bombdb2.pcf.city.hiroshima.jp/PDB/PDBcom?EVENTID=PDB060V90&KEY=GE28-35

焼け残った電柱に革のジャンパーを着た外人飛行士が一人、後ろ手にされうなだれて座っていた。

http://a-bombdb2.pcf.city.hiroshima.jp/PDB/PDBcom?EVENTID=PDB060V90&KEY=NG204-04

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《近年の似た事例の、こちらは写真である》

2004年3月に、イラクのファルージャで民間軍事会社のアメリカ人傭兵4人が殺され、その焼死体を住民が引きずまわしたり、鉄橋から逆さ吊りにしたりした事件(violent day in Fallujah)

http://www.asyura2.com/0403/war50/msg/297.html

の写真は広く世界に配信された。

電子版「ワシントン・ポスト」紙に載った7枚の写真…右上「NEXT」をクリックすると、次の写真が出てくる。特に3枚目と7枚目の写真は、かなり残酷な画像なので覚悟してから見ていただきたい。【警告】妊娠中のかたや心臓が悪いかたは見ないでください。

          ↓

http://www.washingtonpost.com/wp-srv/flash/photo/world/2004-03-31_fallujahattack/index_frames.htm?startat=1&indexFile=none

posted by はなゆー at 16:06| ☔| Comment(1) | TrackBack(1) | 小ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>もちろん国際法違反であることは、当時の日本人も理解していたはずであるが、

情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊) 旧日本軍及び当時の政府が責任をとるのは当然だ〜ジュネーブ協定を教育しなかった罪は万死に値する
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/758cd2439f4cb76473229883d8bce8e3

情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊) 「広義の軍関与あった」/仲里副知事が言及〜いいや、軍及び政府による明白な強制死だ!
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/8d51e33a982d0b36eee43e13ba4ee259

捕虜虐待を禁止するジュネーブ条約/協定を捕虜収容所を預かる士官は知っていただろうが、一般市民はもとより多くの兵隊も知らなかった。

>原爆投下が理性を失わせたのであろう。
45年8月6日午前7時31分、偵察用B-29はそのまま広島上空を通過離脱していたため、警戒警報は解除された。午前8時10分、日本側では3機のB-29が広島県に侵入したことを捕捉し、午前8時13分、日本側では再度広島に警戒警報が発令された。その3分後、広島に投下された原爆が破裂した。この間、日本軍は広島上空での迎撃体制を取れなかった。空襲警報がいったん解除されたことで警戒が緩み多くの市民が通勤・通学に出て被害が拡大した。

生き残った広島市民のやり場のない怒りは市民を守れなかった日本軍に向けられることになった。市民の怒りの矛先が向うことを恐れた日本軍は、その矛先を米軍捕虜に逸らそうと、ジュネーブ条約で守るべき米軍捕虜を市民の前に引き出した。

戦場の兵士ですら初めての戦闘で人を殺すことをためらう。一般市民は竹やりで藁人形を殺す訓練をしていても、目の前の生身の、それも無抵抗の人間を殺すことはなかなかできるものではない。誰かが最初の一石を投じることで市民を焚き付けた。誰がアメリカ兵の両手を釘で打ちつけ、こめかみを銃で撃ちぬいたのか?そこに思いをいたすべきではないだろうか。

>violent day in Fallujah
米軍に市民が大量虐殺されたファルージャならば、反米レジスタンスにより戦闘で殺されたアメリカ人傭兵の死体を、市民が我先に鞭打つことをしたかもしれない。屍体であっても人を傷つける行為は殺人への抵抗力をなくす効果がある。反米レジスタンスのリクルート・キャンペーンになる。
一方、この写真を全米ばかりか世界に公開することで、ブッシュ政権は敵の非道を言い立てイラク侵攻の正当性を偽装し、米軍によるファルージャ大量虐殺を有耶無耶にすることができる。この写真をネットで公開しているワシントンポスト紙は、2006年の中間選挙でブッシュ共和党が敗北するまで、ブッシュ・チェイニーによるイラク侵攻に熱烈な支持をしていたメディアである。
Posted by ゴンベイ@AbEndフォーラム at 2007年08月03日 21:54
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