2007年08月11日

長崎原爆「焼き場に立つ少年」の写真家ジョー・オダネル氏が死去

米国の写真家ジョー・オダネル(Joe O’Donnell)さんがテネシー州ナッシュビルで死去。85歳。

☆「焼き場に立つ少年」の写真家ジョー・オダネルさんが死去

http://www.asahi.com/obituaries/update/0811/TKY200708110177.html

http://megalodon.jp/?url=http://www.asahi.com/obituaries/update/0811/TKY200708110177.html&date=20070811191707

米占領軍のカメラマンとして原爆投下後の広島、長崎に入り、被爆した市内の様子を撮影し、亡き弟を背負った被災少年の写真「焼き場に立つ少年」などで知られる。

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Joseph R O'Donnell(インタビュー・文 上田勢子)
「写真が語る20世紀 目撃者」(1999年・朝日新聞社)より抜粋

「焼き場に立つ少年」

1945年9月―佐世保から長崎に入った私は小高い丘の上から下を眺めていました。

10歳くらいの少年が歩いて来るのが目に留まりました。

おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中にしょっています。

重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという強い意志が感じられます。

しかも足は裸足です。少年は焼き場のふちに、5分か10分も立っていたでしょうか。

白いマスクの男たちがおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶ紐を解き始めました。

この時私は、背中の幼子がすでに死んでいるのに初めて気づいたのです。

(略)

まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。

それからまばゆいほどの炎がさっと舞い立ちました。

真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。

その時です、炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいるのに気がついたのは。

少年があまりきつく唇を噛みしめているため、唇の血は流れることもなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。

夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去っていきました。

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☆その写真「焼き場に立つ少年」

              ↓

http://www.lootone.com/poem/poem05.html

http://megalodon.jp/?url=http://www.lootone.com/poem/poem05.html&date=20070811193110

posted by はなゆー at 19:49| ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 訃報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 少年の写真は衝撃で合掌するばかりです。戦争を止めさせるのは私たちの義務だ。

*屍(かばね)背負う少年の日ぞ長崎忌  駿
Posted by 駿 at 2008年08月09日 15:58
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