2008年04月29日

長野聖火リレーに関する公開ミクシィ日記や「日中記者交換協定」

☆世界最低の国、日本(アリfreetibetさんの日記)・・帰り道、僕らは泣いた。

http://www.asyura2.com/08/asia11/msg/200.html

4/26日を振り返ります。

早朝、善光寺へ向かった。
Mちん、Tさん、F君、Yちゃんと5人で。

町には何台もの大型バスが乗り入れ、中国人が降りてくる。
僕らがそれぞれ旗を作り、プラカードを作り、前日からカラオケボックスで寝ていたのに対し、
彼らは中国大使館から支給された巨大な旗と、チャーターバスで堂々登場した。

善光寺参拝が終わり、街中へ。
とりあえず聖火リレー出発地点へ向かった。
ここで日本とは思えない景色を目にした。

出発地点に、中国の旗を持った人は入場できるが、チベットの旗を持った人は入れない。
警察の言い分。
「危険だから」
じゃあ、何で中国人はいいんだ?
「......ご協力お願いします。」

は?
それやらせじゃん。
中国国旗しかない沿道って、警察が作ってるんじゃん。

その時の抗議の様子

この後TBSの取材が来た。
チベットサポーターの1人が、
「日中記者交換協定があるから映せないのか?」とアナウンサーに聞いた。
アナウンサーは「は?勝手に叫んでれば?」
と吐き捨てて消えた。

街中に行くとどこに行ってもFREETIBETと叫んでいる。
そこに中国人が押し寄せ、罵声を浴びせてくる。

交差点で中国人と僕らが入り乱れた。
突然Mちゃんが顔面を殴られた。
僕は殴った中国人のババアを捕まえて、目の前の警察に言った。
「こいつ殴ったぞ!!」
警察は何もしなかった。

ババアが俺の手を噛んだ。手から血が出た。
警察と目が合った。
警察は何もしなかった。

ババアが僕の顔面を殴ってきた。
周りのチベットーサポーターが、
「おい、警察、現行犯だろ、捕まえろよ!!!!」
と言ったのに、
警察は何もしなかった。

これが抗議活動中じゃなかったら、普通にブチ切れて乱闘になってる。
でも非暴力を貫く為、ひたすら耐えた。

Mちゃんが1日かけて一生懸命書いたプラカードを、
中国人が叩き落とした。
拾おうとするMちゃん。踏みつける中国人。
「おい、てめー何やってんだよ!」と制止に入った。
2mくらいの距離に警察がいたが、何もしなかった。

街中いたるところで抗議合戦。
救急車が来たり大騒ぎ。
僕らはひたすら抗議活動をした。
(動画あり)

雨が降ってきた。
それでも誰も抗議を辞めなかった。
中国人がかたまってる交差点を、
Tさんと旗を振りながら渡った。
沿道の中国人は蹴りを入れてくる。
とても沿道に入れず、車道を歩いていた。
警察が来て言った。
「早く沿道に入りなさい!!」
は?今入ったらボコられるじゃん。
なんで日本人の安全を守ってくれないの?
「じゃあ、あいつらに蹴りいれるの辞めさせろよ!!」と僕は叫んだ。
警察は「ご協力お願いします」と言った。

雨の中、聖火リレーのゴール地点へ向かった。
何故か中国人とチベットサポーターに分けられた。
警察は、「後で聖火の方に誘導するから。」と言った。
嘘だった。
ゴールの公園の外の何も無いスペースにチベットサポーターは閉じ込められた。
聖火なんか、どこにもなかった。
目の前には警察が何十人も取り囲んでいた。
こんな場所じゃ、声すら届かない。
数百人のチベットサポーターは、泣きながら警察に向かって叫ぶだけだった。
国境無き記者団もこちら側に来させられていた。
代表がマスコミのインタビューに答えていた。
(裏から撮影した動画あり)

聖火リレーがいつ終わったのかも分からないまま、
土砂降りの中僕らは叫び続けた。
この声を、伝えることすら出来ないのかと思ったら涙が溢れてきた。
MちゃんもF君も泣いていた。
こんなのってあんまりだ。
せめて伝えて欲しいだけなのに。
この叫びを聞いていたのは目の前に並んだ警察だけだった。

チベット人の代表が弾圧の現状を訴えた。
涙が止まらなかった。
内モンゴルの代表が弾圧の現状を訴えた。
涙がとまらなかった。

伝えたい。ただ伝えたいだけなのに、国家権力によって封殺された。
悔しい。悔しい。

日本は最低な国だ。
平和だ、人権だと騒ぐ割には、
中国の圧力に負けて平気でこういう事をする。
警察を使って。

帰りに携帯でニュースを見た。
「聖火リレーは無事終了。沿道は大歓迎ムード。」
「聖火リレーで日本人5人逮捕。中国人留学生に怪我。」

僕は愕然とした。
この国のマスコミは終わったと感じた。

あの怒号は、
僕らが受けた痛みは、
彼らの悲痛な叫びは、
どこに反映されたのだろう。

警察によって意図的に中国人のみの沿道を作り、
そこをマスコミは撮影し、
中国人の暴力を黙認して、日本人を逮捕する。
これが日本のやることか?
ここは本当に日本なのか?
中国の旗を持たないと歩けない沿道って何なんだ?

この国は最低な国です。
チベット人は泣きながらありがとうと言っていたけれど、
僕は彼らに謝りたかった。
初めて日本人であることを恥じた。

帰り道、僕らは泣いた。

これが真実です。
僕は日本政府は中国以下だと思った。
弾圧にNOを言えずに、言いなりになって彼らの叫びを封殺したこの国は、もう民主主義国家ではない。

4/26日長野。
そこには言論の自由はなかった。
歩行の自由すらなかった。
中国人を除いて。



☆そうでしょうか?
http://www.asyura2.com/08/asia11/msg/203.html
投稿者 影の闇 日時 2008 年 4 月 27 日 23:07:20

一言でいえばナイーブ!
 
子供の純粋さは好いのかも知れませんが、大人がそれをマトモな意見として論うのはちょっと、、、疑問です。

これは徹頭徹尾政治であって、政治の論理として取り扱うべき事柄でしょう。 

その意味で、昨年、ミャンマー情勢に関して小生が述べた「地獄への路は善意で敷き詰められてる」ということは今回も当て嵌まる、と思いますが。

小生は、<近代化>を推し進める現政権には、本来、批判的ではありますが、「敵の敵は味方」ということで、今回は中国を断固擁護します。

その意味で、中国批判を繰り広げている手合い、殊に「FREE TIBET」なるバナナ(論理)には筆誅を加えよう、と思っております。



☆傀儡師たちに操られているナイーブな若者たちは、将来の味方かもしれない。
http://www.asyura2.com/08/asia11/msg/204.html
投稿者 tk 日時 2008 年 4 月 27 日 23:59:08

>一言でいえばナイーブ!
>子供の純粋さは好いのかも知れませんが、大人がそれをマトモな意見として論うのはちょっと、、、疑問です。
>これは徹頭徹尾政治であって、政治の論理として取り扱うべき事柄でしょう。 
> その意味で、昨年、ミャンマー情勢に関して小生が述べた「地獄への路は善意で敷き詰められてる」ということは今回も当て嵌まる、と思いますが。

ここまでは完全に同意。
ちょっと、昔を思い出して、感傷に浸ってしまいました。

しかし、彼らが「権力」や「マスコミ」の実体を体験できたということは喜ばしいことです。

老人としては、彼らを、さらに、広い視野に導いていくこと、彼らに展望を与えること、を考えなければならない。

>小生は、<近代化>を推し進める現政権には、本来、批判的ではありますが、・・

同意

>「敵の敵は味方」ということで、今回は中国を断固擁護します。
>その意味で、中国批判を繰り広げている手合い、殊に「FREE TIBET」なるバナナ(論理)には筆誅を加えよう、と思っております。

たけ(tk)は、端的に、敵をたたくべきであり、味方を集めるべきだと考えています。

その手段として「敵の敵は味方を擁護する」ということは出て来るかもしれない。しかし、それは、あくまでも手段であり、手段の結果として出てくるかもしてないという程度だと思います。

たけ(tk)が敵と看做しているのは、ナイーブな若者たちを操っている傀儡師たちです。

ナイーブでない傀儡師たちは明らかに敵であり、たたくべき対象です。

しかし、ナイーブな若者に筆誅を加えることが、敵をたたくことにつながるか、味方を強くすることにつながるか、という検討が必要です。

傀儡師たちに操られているナイーブな若者たちは、ひょっとしたら、将来の味方になりうる存在かもしれない。

彼らの前で、徹底的に、傀儡師たちの正体を明らかにしていくことが、彼らに新しい視野をもたらしていくでしょう。



☆「反体制運動」は甘くない(在日琉球人さんの日記)
http://www.asyura2.com/08/asia11/msg/205.html

長野4月26日。

日本の警察が、中国人応援団を優遇し、チベット支援者を露骨に差別したらしい。
沿道で、会場で、五星紅旗は許されるのに、雪山獅子旗は許されなかったらしい。
中国人の暴力は見て見ぬ振り。日本人の暴力は逮捕拘束だったらしい。

で(笑)?

何かご不満ですか?

まさか、とは思うが、日本の国家権力が、両者を平等に扱うとでも思っていたんですか?

そのサッカリンのように甘い考え方は、どこをどう押したら沸いて来るんでしょうか?

貴方達チベット支援者の皆さんは「反体制運動」をやっているのです。

貴方達は、日本の国家権力の意志に対して、物理的に抵抗しているのです。

そりゃ、警察に弾圧されて当たり前ではないか。

貴方達は、いったい、チベットに何を見たのか?

貴方達は、チベットを支援している。なぜ、チベットを支援するのか?
チベット人が、中国の国家権力からの不当な弾圧を受けて殺されているからだ。
チベット人が、中国の国家権力からの露骨な差別を受けて泣いているからだ。

事の本質は「中国」ではない。「国家権力」なのだ。

中国人の民族的資質を云々してる人もいるが、それよりもはるかに大きな要素は、【国家権力とは暴力装置である】という、政治学のイロハのイである。

中国の国家権力が反体制運動に差別的な暴力を行使するのならば、
日本の国家権力だって反体制運動に差別的な暴力を行使するに決まっているではないか。

新左翼や新右翼の活動家が、道を歩いている。
向こうからやってきた男が、すれ違う瞬間、目の前で転ぶ。
活動家は逮捕される。
罪状は公務執行妨害。
男は公安警察であり、活動家は彼に暴力を振るって転倒させたというわけだ。
俗に言う「転び公妨」である。

貴方達チベット支援者の内、保守派や右派の人たちは、左翼を嫌ってる。左翼を馬鹿にしてる。左翼なんて逮捕されて当然だと思ってる。左翼が逮捕されるのは左翼が悪い事をしているからだと思ってる。
何の事はない。
活動左翼は、昨日の貴方達と同じ目にあっていただけの事だ。

貴方達チベット支援者は、日本の国家権力に露骨な差別を受けた。悔しかったと思う。
それは、程度は違えど、チベット人が中国で受けた屈辱とも同じだし、
戦後昭和の活動左翼や活動右翼が受けてきた屈辱とも同じ味なのである。

今の今まで、左翼活動家が散々叫んできたではないか。
「警察権力は横暴だ!」と。
貴方達の耳にも聞こえていたはずだ。
しかし貴方達は、左翼活動家を「狼少年」だと思ってきた。
確かに左翼活動家は平気で政治的なウソを付くので(笑)、そう思われても無理はないけど、でも「狼」は本当にいるのだ。

今回、その「狼」のホンの一部、尻尾の先くらいが見えただけである。
「狼」がその気になったら、貴方達なんか一瞬で食い殺す。
中国の「狼」がチベット人を食い殺しているように。

「五星紅旗を優遇し、雪山獅子旗を差別した日本は最低の国だ!」
とおっしゃる人もいるようだが、最低でもなんでもない。
日本がどうこう、ではない。国家として当たり前なのだ。

貴方達チベット支援者の皆さんは「反体制運動」をやっているのです。
貴方達チベット支援者の皆さんは、例えば、日の丸・君が代強制反対運動をやってる人々と同じなのです。

国家権力に広範囲な取り締まり権限を与えることが、本当にわれわれを幸せにすることなのか?をもう一度考えてみてもらいたい。


☆祭りに便乗か?(アゼザルさんの日記)・・チベットの人々が口にするのは「信仰」の事。 騒いでいるのは「祭りたい外国人」だけ
http://www.asyura2.com/08/asia11/msg/186.html

この「祭り」に乗っかっている奴らがどれだけ「チベットの事を知っている」と言うのだろうか?

恐らく「全く分かっていない」が正しいだろう。

私がチベットを訪れたのは1997年の6月だ。
ネパールのカトマンドゥ経由で向かうのだが「余程の理由」が無い限り
チベットへ行く為に中国を通るのは許されなかった。
(尤も中国の入国審査で「余程の理由」を「買えた」事は内緒だ)

伝統的な衣装、名称は失念したが日本の”ドテラ”や”袢纏”を想像して貰えばイメージはつかめるかもしれない。
標高が4400のラサは日差しもきつく、日中の日向は「暑い」が夜は氷点下に下がる。1日の寒暖の差は半端なく大きい。
そんな中で中国軍人の姿をよく見かけ、人民服を笠に威張る人、恐らく中国政府の役人だろう・・・
ポタラ宮の階段や壁に残る銃撃の後をラマ僧が修理をしてた光景が目に浮かぶ。

僅か1週間の滞在だったが、チベットの人々が口にするのが
「信仰」の事。

フランス人の考えてるような「自由」なんてものは不要だ。

ダライ・ラマと共に信仰と平和があれば政府が何処であろうが関心は無い。ましてや外国人の考える「自由」なんかに全く興味は無い。

それが私が現地で受けた印象だ。恐らく大きくは変わってはいないだろう。

そう、騒いでいるのは「祭りたい外国人」だけだ。

間違った「愛国心」で中華国旗を振り回す奴らは「中国政府の被害者」だから生暖かい目で見てやればいい。


☆世界中で (gyuさんの日記)・・聖火を持っている富裕層、警護している政府・企業、暴動の担い手、無関心層
http://www.asyura2.com/08/asia11/msg/214.html

世界中で
大変なことになってますが、

何だか見てると、チベットの問題は、ただ単にきっかけに過ぎず、ほんとは、先の見えない世の中に対する不満の捌け口になっているような気がします。

環境問題、
エネルギー食料の全般的な高騰、
世界中に広がる格差の拡大と言うか先進国の中流階級の崩壊と成金的モラルなき富裕層の誕生、
モラルや常識の崩壊。

その問題が、一番凝縮されているのが、今の中国ではないでしょうか?

長野の映像を見てて思たんですけど。
聖火を持っているのが、ほんの一握りの世界中の富裕層、その周りを警護しているのが、世界中の政府や、経済機構、経済システム。

その周りで、秩序なく暴れているのが、テロや暴動の担い手になってい人々、それを、周りで見ているのが、その他の人々。

そんな風に見えてしまいました。



☆ウィキペディア「日中記者交換協定」の項→

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E4%B8%AD%E8%A8%98%E8%80%85%E4%BA%A4%E6%8F%9B%E5%8D%94%E5%AE%9A

日中記者交換協定(にっちゅうきしゃこうかんきょうてい)は、日本と中国の間で取り交わされた、日中双方の記者を相互に常駐させる取り決めのこと。正式名は「日中双方の新聞記者交換に関するメモ」。

(略)

すなわち、中国政府(中国共産党)に不利な言動を行なわない・日中関係の妨げになる言動を行なわない・台湾(中華民国)独立を肯定しないことが取り決められている。違反すると、記者が中国国内から追放される。


☆インターネット評論の危うさ――中国アジア局長の日本メディア批判発言をめぐって (高井潔司氏。2006年。読売新聞社外報部次長、北京支局長、読売新聞論説委員を経て、北海道大学大学院国際広報メディア研究科教授)

http://www.21ccs.jp/china_watching/NewspaperCritique_TAKAI/Newspaper_critique_13.html

40年以上前に交わされた記者交換協定なるものに日本の特派員が縛られていると勝手に思い込んでいる。現在の日本人特派員でこの協定を知っている人がどれほどいるだろうか。私自身見たこともないし、実際、そのメモなるものを、東大の田中明彦研究室のデータベースでやっと見つけたが、「中国を敵視しない」といった条項はどこにも含まれていない。ましてや「三点を守れないマスコミは、中国から記者を追放する」なんてしばりもない。(資料1)

大体、国交正常化前のこんな協定にどんな意味があるのか。いまや平和友好協力条約が締結され、敵視するもしないもないだろう。全く時代背景も考えない短絡的な発想である。


資料1
[文書名] 連絡事務所の設置および新聞記者交換に関する高碕達之助,廖承志両事務所の会談メモ
[場所]
[年月日] 1964年4月18日
[出典] 日本外交主要文書・年表(2),498−500頁.「増補改訂 日中関係資料集(一九七一年刊),239−40頁.
[備考]
[全文]
連絡事務所の相互設置ならびに代表の相互派遣に関する高碕達之助事務所と廖承志事務所の会談メモ

 一九六四年四月十四日から十八日まで廖承志事務所と高碕達之助事務所は代表の相互派遣と連絡事務所の相互設置の件について会談を行なった。会談には中国側から孫平化,王暁雲の両氏が参加し,日本側から竹山祐太郎,岡崎嘉平太,古井喜実,大久保任晴の諸氏が参加した。

 双方は次の諸問題について取り決めを行なった。

一,廖承志事務所が日本駐在のために派遣した代表の事務機構は廖承志事務所東京駐在連絡事務所と称する。高碕事務所が中国駐在のために派遣した代表の事務機構は高碕事務所北京駐在連絡事務所と称する。

二,双方が連絡事務所に派遣する人員は暫定的に代表三人,随員二人の計五人とし,しごとの必要によって双方の話し合いと同意を経て増員することができる。

三,双方の人選について中国側は廖承志事務所が責任をもって決定し,日本側は高碕事務所が責任をもって決定する。

四,双方代表の一回の滞在期間は一年以内と定める。

五,双方は相手側人員の安全を責任をもって守る。

六,双方の代表と随員は六月上旬までに相手国に到着することを定め
る。双方はまた責任をもって相手側人員の入国手続きをとる。

七,本会談メモは中国文と日本文によって作成され,両国文は同等の効力をもつものとする。廖承志事務所と高碕事務所は中国文と日本文の本会談メモを一部ずつ保存する。
 
日中双方の新聞記者交換に関する高碕達之助事務所と廖承志事務所の会談メモ

一九六四年四月十四日より十八日まで廖承志事務所は日中双方の新聞記者の交換問題について会談を行なった。会談には,中国側から孫平化,王暁雲の諸氏が参加し,日本側から竹山・太郎,岡崎嘉平太,古井喜実,大久保任晴の諸氏が参加した。双方は次の取り決めを行なった。

一,廖承志氏と松村謙三氏との会談の結果にもとづき,日中双方は新聞記者の交換を決定した。

二,記者交換に関する具体的な事務は,入国手続きを含めて廖承志事務所と高碕事務所を窓口として連絡し,処理する。

三,交換する新聞記者の人数は,それぞれ八人以内とし,一新聞社または通信社,放送局,テレビ局につき,一人の記者を派遣することを原則とする。必要な場合,双方は,各自の状況にもとづき,八人のわくの中で適切な訂正を加えることができる。

四,第一回の新聞記者の派遣は,一九六四年六月末に実現することをめどとする。

五,双方は,同時に新聞記者を交換する。

六,双方の新聞記者の相手国における一回の滞在期間は,一年以内とする。

七,双方は,相手方新聞記者の安全を保護するものとする。

八,双方は,相手側新聞記者の取材活動に便宜を与えるものとする。

九,双方の記者は駐在国の外国新聞記者に対する管理規定を順守するとともに,駐在国が外国新聞記者に与えるのと同じ待遇を受けるものとする。

十,双方は,相手側新聞記者の通信の自由を保障する。

十一,双方が本取り決めを実施する中で問題に出あった場合,廖承志事務所と高碕事務所が話し合いによって解決する。

十二,本会談メモは,中国文と日本文によって作成され,両国文は同等の効力をもつものとする。廖承志事務所と高碕事務所は,それぞれ中国文と日本文の本会談メモを一部ずつ保有する。
 
付属文書
 かねて周首相と松村氏との間に意見一致をみた両国友好親善にかんする基本五原則,すなわち両国は政治の体制を異にするけれども互いに相手の立ち場を尊重して,相侵さないという原則を松村・廖承志会談において確認し,この原則のもとに記者交換を行なうものである

posted by はなゆー at 06:56| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 小ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック